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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第4章 森の守り手

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11 鬱屈

 ニーナ達が行ってしまい、見知らぬ男と取り残されたエリヤは次の行動を決めかねた。

 天幕でのこともあり、改めて声をかけてよいものか悩んでいたところで、門へ向かうニーナを見かけた。やはり気まずい気がして話しかけるのを躊躇していると、見たことのない東方人の男が彼女に駆け寄り、あろうことか思い切り抱き付いたのだ。その光景にえも言われぬ衝撃を受け、また東方人と親し気に話すニーナの姿にくすぶるものを感じ、割って入るようなことをしてしまった。


「いやあ、本当に可愛いよね。元気がよくて見ていて飽きないし。そうは思わないかい」


 東方人が急に話しかけて来て、エリヤは戸惑った。人懐こい笑みに、かえって眉をひそめる。彼はエリヤよりそこそこ年上に見えるが、見るものもない南の果てになぜ東の人間がいるのか、はなはだ疑問だった。

 エリヤの怪訝な顔を見て思いついたように、東方人が手を差し出した。


「おれはダワ。ニーナの友達さ。当分はザウィヤにいるつもりだから、よろしく」


 エリヤはダワの手は取らず、最低限の名乗りだけ返した。


「……エリヤ・ハワードだ」


 名前を聞いて、ダワは意外そうに目を丸くした。


「ハワードといえばディーリア王国の伯爵家じゃないか。そんな人間と友達なんて、やっぱり彼女達ただ者じゃあないね」


 エリヤは黙したまま返事はしなかった。エリヤとてニーナがどのような立場にいるのか具体的に知っているわけではないし、初対面の人間にそれを言う必要もない。

 ニーナ達の走り去った先を見詰めたまま黙っていると、ダワが様子を見るように顔を覗き込んできた。


「なるほど」


 なにか思い至ったように言って、ダワは面白がる表情をした。


「君、ニーナが好きだろう」


 いきなり言い当てられることがあるとは思わず、エリヤは若干たじろいだ。それを見て、ダワが大いに笑った。


「これくらいで赤くなるなんて、若くて羨ましいなあ。可愛い子だからねえ。気持ちは分からないでもない」

「まさか、あなたも……」

「おっと、話は最後まで聞かないと、後々損をするよ」


 思わず問おうとしたエリヤを、ダワは遮った。


「喜ばしいことに、おれの狙いはニーナじゃない。面白い子なのは確かだけど。おれが興味をそそられるのはシルキーさ」


 ダワはどこか得意げに断言した。


「彼女、ただの美少女じゃないね。髪色も目を引くけど、それ以上になにか、他とは違う匂いを持ってる。どうだい、そそられるだろう?」

「わたしに聞かれても……」


 シルキーがエリヤに友好的だったことはなく、渋い気持ちしかないエリヤとしては返答に困った。


「本命以外は眼中にないか。やっぱり若いな」


 ダワは笑いながら言って、エリヤの肩を叩いた。


「それじゃあ、好きな子に振り向いて貰えるように、お互い頑張ろうじゃないか。君とは仲良くやれそうだ。また後で来るよ」


 ダワの言葉にエリヤは同意しかねたが、彼が離れて行ってしまったので反論はできなかった。東方人は見張り小屋の前に置いていた荷物を拾い、番兵といくらか言葉を交わしてから砦を出て行く。なんとなくその背中を見送ってしまってから、エリヤは釈然としない気分で陣の中心へと戻った。




 * *




 ニーナが天幕の中を覗き込むと、大きなテーブルを挟んだ奥に、浅黒い巨躯の男がいた。テーブルの上には近辺の地図が広げられており、彼は木の枝を輪切りにしただけの駒を並べて動かしながら、なにごとか考えている様子だった。だがすぐにニーナの気配に気付き、目線を向けて来た。


「なんの用だ」

「隊長って、あんただったのね」


 最初に会った時に兵卒から隊長と呼ばれていたはずだが、頭に血が上っていたニーナはすっかり忘れていたのだった。昨日の彼の見下した態度を思い出して気分を害しつつ、ニーナは大天幕に滑り込んだ。続くように、シルキーも小さく会釈しながら入って来る。


「ここにディーリア人のお坊ちゃんはいないぞ」

「知ってるわよ。さっき会ったもの」


 エリヤがいかにもお坊ちゃんであることには同意しつつ、ニーナはテーブルをまわり込んで歩み寄った。


「森をうろうろするなって言われたから、砦の中をうろうろすることにしたの」


 ニーナが物怖じせず見上げれば、討伐隊長ハカムは怪訝そうに顔をしかめた。


「ここは女子供の遊び場ではない」

「別に遊んでるわけではないわ。あたしはハルバラド共和国がなにをしているのか知りたいだけ」


 ハカムが元々細い目をさらに細めるのを見ながら、ニーナは首を傾けた。


「少し前からトロールにずいぶんひどいことをしているみたいだけど、その隊長もあんた?」


 ハカムは不快そうに眉根を寄せた。


「トロールのせいでひどい目にあっているのはこちらだと思うが」

「こちらから手を出すか、彼らの領域に入らなければ襲われるはずないわ。襲われる前になにかしているでしょう。例えば、爆弾を投げつけるとか」


 ニーナが探るように上目を遣うと、ハカムは鼻を鳴らした。


「襲われる前に身を守る行動をとるのは当然だ。火薬武器が有効だと分かった以上、それを使うことに問題があるとは思えんが。それに、この国が林業で成り立っている以上、トロールは邪魔だ」

「でも、今まではこんな大規模な掃討をしなくても成り立ってたのでしょう。昨日今日のことじゃないんだから、トロールに襲われない距離感も、本当は分かっているんではないの」

「分かっていたとして、それがなんだ」


 苛立たしげに、ハカムは片手をテーブルに突いた。


「トロールがおれ達にとって忌々しいことに変わりはない。あんな獣のご機嫌を窺ってどうする。あいつらがいる限り、これ以上のハルバラドの発展は望めん。くだらんことをほざくなら叩き出すぞ」


 討伐隊長は凄んだが、ニーナはかえって胸を反らせた。


「やっぱり分かっててやってるわけね。ザウィヤの町の人達は知っているのかしら。知らなくて襲われたのなら、あまりにも可哀想だわ」

「北の人間が、分かったようなことを」


 かっとして、ハカムは少女に手を伸ばした。だが、その胸倉をつかむ寸前、横から伸びて来た別の手が彼の腕をつかんだ。ニーナの後ろにいると思っていた黄色い髪の侍女が真横にいた。少女の細腕のどこにその力があるのか、ハカムは咄嗟に振り払えないことに息をのむ。瞠目して見た少女の瞳の中で、朱と緑の光が交互に揺らめいた。


「我が主にお手を出されませんよう。なにかあれば、あなたの身の保証はいたしかねます」


 少女の低められた声と眼差しに、ハカムは産毛が逆立つのを感じた。彼女はハカムの腕をつかんだまま、目線だけをニーナの方へ向けた。


「ニーナ様も、あまり煽られるようなことをおっしゃるのは、よろしくないかと」

「だってこの人、とっても偉そうなんだもの」


 不満をこぼしつつ、ニーナは肩をすくめた。


「でも、そうね。あたしもよくなかったわ。あまり手荒なことはしないであげて。もう行きましょう」


 ニーナは回れ右して天幕の出口に向かい、侍女も討伐隊長の顔を一瞥してから彼の腕を放して主人に従った。少女達が出て行くのを黙って見送ってから、ハカムは先ほど侍女につかまれた腕へ視線を落とした。そこには、少女の細い指の痕が、赤くくっきりと残っていた。


(――あの娘、なに者だ)




 * *




 この日の訓練が終わり、夕食をとるために広場へ向かったエリヤは唖然とした。兵達がくつろぐかがり火のそばに、露店が一つ出ていた。数人の兵卒や騎士がその前に屈み込み、布を敷いた低い売台の上に並べられたものを眺めている。売台を挟んで彼らと話している店主は、昼間ニーナと親し気にしていた東方人だった。


「どうかなお兄さん。この辺りなんかは、女性に人気なんだ。奥さんや恋人、気になる彼女への贈りものやお土産にいかが。こっちはお兄さんが着けたっておかしくないよ。銀のロケットの首飾りは東国だと魔除けに使われるんだ。お守りとして身に着けている人も多いし、軍人さんにもお勧めだ」


 東方人は愛想よく、目の前の兵達に次々と商品を勧めている。実際に購入している者もいるが、なぜ彼がこんな砦の中にまで入り込んで物を売っているのか。


「駐留軍に娯楽を売りに来るものはままいるものですが、銀器とは珍しいですな。しかも街中ならいざ知らず、こんな辺鄙な土地で」


 斜め後ろについて来ていたアーサーが、興味深そうに言った。エリヤはそれには答えず、唇を引き結ぶと、黙って東方人の露店へ歩み寄った。


「なにをしているんだ、こんなところで」


 エリヤが話しかけると、ダワは営業用と思しき笑みを向けて来た。


「昼間の騎士君じゃないか。君も一つどうだい。ああでも、ハワード家の人間が身に着けるにはこの辺は安物過ぎるか。貴族方が着けるようなの高級なものをお望みなら、いくつかは用意があるけど」


 商魂を見せるダワに、エリヤは眉を険しくした。


「わたしの質問に答えろ。ここでなにをしてる」

「見ての通り仕事さ。当分ザウィヤに滞在すると言っても、実入りがないんではね。心配しなくても、隊長さんから営業許可は貰ってるよ。あ、お兄さん、その指輪はね――」


 ダワは商品を手に取った別の騎士と話を始めてしまい、もやもやした心地のままエリヤはその場を離れた。


「あの者をご存じで?」


 隣に並んだアーサーが聞いて来て、エリヤはちらとだけ目線を返した。


「昼間、門のところにいたんだ。ニーナの友人だと言っていた」

「なるほど」


 それでエリヤの機嫌が悪くなったのかと、アーサーは納得した。あの東方人はよほどニーナと親しいのだろう。


「あらダワ、こんなところでなにしてるの?」


 背後で少女の声がして、エリヤは足を止めた。振り返れば案の定、東方人のそばに、白金姫と黄金姫とまで称された少女達がいた。ダワはエリヤに向けたものとは違った、相好が溶けんばかりの笑顔で彼女らを迎えていた。


「ニーナ、シルキーいらっしゃい! 見れば分かるだろう。仕事さ仕事。君達も見て行ってよ、おまけするから」


 ニーナは売台の前に座り込み、考えるように顎に手を当てた。


「シルキー、一つ買ってみたら? こういうの持ってないでしょう」


 少し首を傾けて、シルキーは薄く笑んだ。


「わたくしはよいのです。装飾的なものを身に着ける必要もありませんし」

「女の子がそんなことを言ってはいけないなあ。いいものがあるよ」


 断ろうとするシルキーに構わず、売台をまわり込んで来たダワが彼女の襟元に両手を伸ばした。彼が手を離したあとには、少女の胸元に銀に輝く翼のブローチが飾られていた。困惑した表情をするシルキーに向かって、ダワは茶目っ気たっぷりに片目をつむった。


「これはおれの気持ちさ。女の子はやっぱり着飾らなきゃ」

「そんな、困ります」


 ブローチを外そうとしたシルキーの手を、ダワは押し止めた。


「ニーナには前に首飾りをあげているし、これで平等だ。受け取ってよ」

「ですが……」

「くれると言うのだから貰っておいたら。よく似合ってるわよ」


 ニーナが後押しするように言い、シルキーは当惑しつつダワに視線を戻した。


「ニーナ様がそう言われるのでしたら……ありがとうございます」


 シルキーが珍しくぎこちない微笑みを浮かべると、ダワは歳に似合わぬほどの満面の笑みを見せた。

 その一部始終をなんとなく眺めてしまってから、エリヤは目を逸らすように元の進行方向に向き直った。


「声をかけなくてよかったんですか」

「後で話せばいい」


 アーサーの問いかけにすぐ答えたものの、声が低くなっていることをエリヤは自覚した。隣でアーサーがため息をついたのが聞こえたが、それは気付かない振りをした。

 先ほどのニーナ達の会話で、東方人がニーナに贈りものをしていることが判明してしまった。それで自分が彼女へものを贈ったことがないことに気付き、だから駄目なのだろうかと考え込んでしまう。

 ニーナに贈るならなにがよいのだろうかと頭の中を巡らせつつ、エリヤは食事を貰いに炉番のところへ向かった。

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