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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第4章 森の守り手

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7 対抗心

 食事をしながら、ニーナ達は、今度はシルキーも交えて会話の続きをした。広場のかがり火の届く範囲では食事を終えた者が円座してちょっとしたゲームに興じたり、楽器を持ち出して即興で合わせたりしている。憩いの時間ののんびりしたざわめきを聞きつつ、ニーナとエリヤは、少し会わなかった間のできごとを報告し合った。エリヤがニーナに叩かれる前に、すでに妹ベロニカに叩かれて説教までされたという話には、ニーナはベロニカに感心しつつ笑ってしまった。

 だがそうして話していると、時折そこに加わるシルキーの様子がニーナは気になった。物静かな話し方はいつもと変わらないのだが、発する言葉にどことなく棘を感じる。


「ねえ、シルキーって、もしかしてエリヤのこと嫌い?」


 ニーナは窺うように問いかけた。真っ直ぐな聞き方に正面のエリヤが少し反応したのが分かったが、ニーナもシルキーも構わなかった。


「まさか。嫌っているわけではありません。少し気に入らないだけです」

「なにが違うのよ」

「嫌っている方に、ニーナ様をお任せしたりはいたしませんよ」


 シルキーは微笑んで言ったが、やはりニーナにはどうにも理解ができなかった。このところ、シルキーに以前ほどの堅苦しさを感じなくなってきた気がするが、同時に、彼女の考えがより読めなくなったようだ。気安くなったのはいいことのように思われるが、シルキーの変化の理由が分からず、ニーナは困惑してもいた。


「一つ聞いてもいいかい」


 わずかな隙を突いてエリヤが口を開き、シルキーはそちらに顔を向けた。


「いかがなさいましたか」

「君は、ここの人間になにか言ったのか。さっきから皆の態度が妙なんだが」


 トロール討伐の前線である以上、ニーナの姿を見てひそひそと話す者や、顔をしかめる者がいるのはいたしかたない。しかし連れ立っていると、浮ついたようなにこやかさで挨拶してくる者や、意図不明な激励をエリヤにしてくる者がいるのが解せなかった。男ばかりの野営地が少女の出現で華やいだ、というのとはまた違うように思われた。


「わたくしはなにも特別なことは申し上げておりません。ただ、あまりに皆様がお二人のことをお聞きになるので、本当のことを申し上げただけです」

「本当のことって?」


 ニーナも興味をそそられて、詳細を促した。


「ニーナ様はエリヤ様の思い人で、すでに一度振られていらっしゃいますが、まだ諦めていらっしゃらない、と」

「なんですって!」

「なんだって!」


 シルキーの暴露に、二人の声が見事に重なった。


「本当にそんなこと言ったの! というか、どうしてシルキーがそれを知ってるのよ!」

「そうか、そういうことか。だから、あんなことを……」


 ニーナは大声を張り上げ、エリヤは参ったと頭を抱えた。


「こんなに恥ずかしいことないわ! どうするのよ、エリヤ。あたしいやよ、こんなの」

「それはこっちの台詞だ。恥ずかしいのはわたしの方だろう」

「どうでもいいわよ、あんたのことなんて。あんたが恥ずかしいのはあんたが悪い」

「わたしのなにが悪いというんだ」

「ぼんくらで、あんぽんたんなのが悪いのよ。もうちょっとまともに女の子の扱い方くらい覚えたら?」

「それを言うなら、君こそもう少し女性らしい振舞いを身に着けていいはずだ」


 応酬する内に趣旨がずれていることに気付かないまま、二人はしばらく喚き合っていた。ニーナ達の口喧嘩を横目に見ながら、シルキーは仲裁しようとはせず、三人分の空いた食器を積み上げて静かに立ち上がった。


「わたくしはこれを片付けて参ります。これからどうするかは、お二人で話し合ってください」


 シルキーが食器を持ってさっさと席を離れようとするので、ニーナは慌てて彼女を呼び止めた。


「ちょっとシルキー、待ちなさいよ。元はと言えばあんたが……」


 しかしシルキーはニーナの不平に耳を貸さず、早足に去って行ってしまった。仕方なく、ニーナはしかめ面で正面に向き直った。


「どうするのよ」

「わたしにそれを聞くのか」


 ニーナが睨めば、エリヤは渋面を作った。


「彼女は、よほどわたしが気に入らないらしいな。わたしはなにか気に障ることをしたか?」

「知らないわよ。あの子、ハルバラドに来てから変なのよね」

「と、言うと?」


 少し唸って、ニーナはここしばらくのシルキーの様子を思い浮かべた。


「他人に対して妙に対抗心を燃やしている感じがするのよね。ディーリアにいた時はもっと固いというか、控えめな子だと思ってたんだけど」

「控えめ、ね。礼儀正しくて、侍女としての責任感の強い子ではあるようだが」


 数多の使用人を知っているだろうエリヤの評価は正しいのだろうが、ジンを同じように扱ってはいけない気がして、ニーナはちょっと考え込んだ。


「それはそうなんだけど、考えてみれば元々エリヤのことはよく思ってなかったのかもしれない。王宮にいたとき、もう会うなって言い出したこともあるくらいだし」

「……君が通って来ていたことが原因か」


 女性が男のところに通うというのはただでさえ褒められたものでない上、主人の帰りを待つばかりの立場では相手への印象がことさら悪くて当然だ。自身の欲求からニーナの行動を許してしまっていた浅はかさに気付き、エリヤは今頃になって後ろめたくなった。

 うなだれるように、ニーナはテーブルに突っ伏した。


「なんかもう、最近本当にろくなことがないわ」

「同感だ」


 短く重ねて言ったエリヤを、ニーナはじろりと見た。


「一緒にしないでくれる」


 再び不機嫌になってしまったニーナに、エリヤは頬を掻いた。


「その、こう言ってはなんだが……わたしはそんなに脈なしなのか」

「ないわよ。誰が女の子に犬をけしかける男を好きになるのよ。初対面が最悪過ぎよ」


 ニーナが軽く攻撃すると、エリヤはぐっと言葉を詰まらせた。


「……まだ根に持っていたのか」

「持ってないわよ、馬鹿」

「…………」


 エリヤが沈黙したのを見計らって、ニーナは大きく伸びをした。


「あたし、もう行くわ。今日は砦に面を通せたってことでよしとしましょう」


 ニーナが席を立つと、エリヤも立ち上がった。


「宿まで送ろう」

「いらないわ。シルキーがいるもの」


 エリヤの申し出をニーナは断ったが、彼は引き下がらなかった。


「夜道を女性だけで帰すわけにはいかない」


 食事を始めたのは夕方だったが、話し込んでいる内に日は完全に沈んでいた。当番の者が炉の始末を始めており、かがり火の周りに集っていた者も数を減らしている。

 エリヤの心配りは当然ではあったが、宿をとっているわけではないニーナとしては、付いてこられては困るのだった。精霊に守られているニーナにとって、寝心地にさえ目をつむれば、野宿の方が安全なこともある。


「平気よ。ここまでだって二人で来てるんだし」

「だとしても、昼間ならともかく夜では心配だ。この辺りは治安がいいとは言えない」

「そんなこと分かってるわ。だからシルキーがついて来てるのよ」

「彼女だって、君と変わらない女の子だろう」


 あくまで食い下がるエリヤに、ニーナは少々の面倒さを感じてむっとした。


「だから、平気だってば。分かんない男ね」

「分かっていないのは君だろう。こんな時間に若い女性だけで出かけて、危険でないはずがない。今はただでさえ荒んだ人間が多いんだ」


 エリヤは一歩も引かず、ニーナは彼の頑固さに苛立った。伯爵家の御曹司は、自分が正しいと信じたことには大変意固地になるのだ――でなければ、ここにもいないのだろうが。実際には、強情さだけならばどちらも相手のことを言えないのだが、二人にその自覚はなかった。

 そのまましばらく睨み合いが続いた。そして再び言い争いを始めようかといったところに、シルキーが戻って来た。


「まだ、終わっていらっしゃらなかったのですか」


 呆れを含んだシルキーの声に、ニーナとエリヤは同時に振り向いた。


「シルキーも言ってやってよ。シルキーがいれば平気だっていうのに、エリヤは宿まで送るって聞かないのよ」

「二人連れであっても、やはり女性だけで夜道を行くのは感心しない。こんな異国の地で、危険なことくらい分かるはずだ」


 二人がそれぞれに言い募り、シルキーは得心した。


「それでしたら、ご心配にはおよびません。天幕を一つ、お借りできることになりましたから」


 まさかの展開に、ニーナとエリヤは一緒に驚いた。


「いつの間にそんな話になったの」

「隊長殿が許したのか」


 二人の問いが重なったが、シルキーは微笑んで答えた。


「しばらくここに滞在させていただくことになります。その方が、情報も得やすいでしょうし」


 シルキーの抜け目なさに言葉をなくし、ニーナとエリヤは顔を見合わせた。





 シルキーの話をよくよく聞くと、ニーナとエリヤの関係を聞いたディーリアの騎士が、少女達に天幕を明け渡してくれたらしい。彼らが面白がっているのは間違いなく、明日にはからかわれることになるのではと思うと、エリヤは早くもげんなりする心地だった。

 男しかいない陣内にニーナ達を置くのはそれはそれで心配だったが、自分が目を光らせていようと心に決めて、エリヤは少女達を天幕に送り届けた。彼女達に与えられた天幕はエリヤの使う天幕の斜め向かいだったので、目は届くはずだ。

 就寝の挨拶を交わして少女達と別れ、エリヤも自分の天幕へ向かった。中に入ると、先に戻って甲冑の手入れをしていたアーサーが振り向いた。


「話は済みましたか」

「ああ」


 エリヤが返事をしながらマントを脱ぐと、道具を置いたアーサーがそれを受け取って天幕の柱の鉤にかけた。エリヤは脱力するように椅子に腰かけ、想定外の一日となった疲労感を吐き出すようにため息をつく。その様子にやや苦笑しながら、アーサーは小テーブルを挟んだもう一つの椅子に座った。


「若にあれだけの口を利けるとは、腹の据わったお嬢さんですな。彼女は確か、ディザーウッドの住人でしたか。まさかフォルワース領主館から消えた後、こんな所に来ていたとは」


 ディザーウッド火災の際に近くにいたアーサーは、ニーナの救助にもかかわっていた。あえて確かめるように言う彼を、エリヤはちらとだけ見た。


「フォルワースを去った後、彼女はデアベリー宮殿にいたんだ。ハルバラドに来たのは最近のはずだ」

「本人がそう言ったんですか」

「ああ。王宮で会った時に」


 エリヤの答えに、アーサーは錆色の眉を寄せた。


「そんな話は聞いてませんが」

「ニーナが知られたくないようだったから言わなかった。彼女の捜索はとっくに打ち切られていたんだ。必要ないだろう」


 エリヤの言う通りではあるが、やはり隠しごとをされたようで面白くなく、アーサーは少しばかりの反撃に出た。


「若がそこまであのお嬢さんに入れ込んでいるとは存じませんでした。すでに一度振られたと聞きましたが、一体いつの話ですか」


 苦い顔をして、エリヤはアーサーを見た。


「勘弁してくれ、そういう話は」

「次期伯爵夫人になるかもしれないお嬢さんですから、自分も知っておいた方がよいかと思いまして」


 それが職務であるように真面目な顔でアーサーは言ってのけたが、これが彼のからかい方であることをエリヤは知っていた。それでも無視できないのが、律儀な御曹司の性分だった。


「わたしが望んだところで彼女にその気がなければ意味がない」

「若を追ってここまで来たんではないんですか」

「もしそうなら、会うなりどやされるはずがないだろう。なにを見ているんだ」


 エリヤにとっては自明なことだったが、他の人間には違って映っていたらしい。シルキーによる暴露が拍車をかけているとしか思えず、彼女に嫌われる原因を自認はしても、小癪な気がした。


「それにしても、若があのようなじゃじゃ馬をお好みだったとは意外です。宮廷の女性になびかないわけですな」

「そういうのでもないんだが……」


 ニーナの気の強さが時に手に負えないのは事実だが、エリヤが好ましく思っているのは彼女の根の部分だ。彼女と正面から話せば、硬質そうな中にも、少女らしい柔らかな部分が見えてくる。しかし、それをここで語るのもおかしな気がした。ニーナの魅力を、わざわざ他の男に語って聞かせる必要もないだろう。彼女のよいところは、エリヤだけが知っていればいい。


「その話はもういいだろう。今日はもう休もう」


 エリヤが寝支度を始めると、アーサーは胡乱な目を向けて来た。


「お嬢さんのところに行かなくていいんですか。陣内に留まっていらっしゃるんでしょう」

「馬鹿なことをいうな。君ももう寝ろ」


 アーサーはそれほどおかしなことを言ったつもりはなかったが、エリヤはとんでもないとばかりに返した。はたから見る限り、エリヤとニーナの関係は悪いようには見えず、ハワード家の若君がこの期に及んで慎重に振舞う必要もないように思われる。奥手と誠実さをはき違えているとしか思えなかったが、それを言っても睨まれるだけなので、アーサーはひとまず引き下がって、自身も寝支度を始めた。

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