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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第4章 森の守り手

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5 合流

 地べたに座り込んだまま、ニーナは険しい表情で唸った。隣では同じように座ったシルキーが、変わらぬ穏やかさで様子を見ている。

 あたりは濃い緑が鬱蒼と茂り、日差しは重なり合う葉に遮られていた。しかし空気が湿っており、ただでさえ気温が高い上に、快適とはいいがたい気象だ。原色使いの鳥や、樹上の生き物の声さえ、段々耳障りに感じられてくる。


 二人の前には、地衣類に覆われた大岩にも土山にも見えるものが、少女の背丈の倍ほどの高さにそびえていた。その見上げた上の方にある、顔の形をしたものがわずかに動き、青紫色の円形の目玉がぎょろりとまわった。ニーナは顔を上げて、眉間の皺を深くした。


「そんなことは分かってるのよ。そういうならあんたももう少し頭を働かせたらどうなの。怖い怖いだけじゃなにも進まないわ」


 ニーナがはっきり言うと、大岩は低く唸ってうなだれた。


「ニーナ様、そのような言い方は酷です。せっかくご協力いただいているのですから」

「分かってるわよ」


 窘める響きで言ったシルキーに、ニーナは不機嫌に返した。


「でも実際、こっちに来てからさっぱりじゃない。ザウィヤの町で、トロール退治に火薬武器が使われていることまでは分かったけど、さすがにそれを保有してる砦には入れないし。ハルバラド軍もディーリア軍を待つ態勢に入ってしまったもの」

「ですが、彼らがトロールを一方的に攻撃した裏付けはとれたではありませんか」

「他の人間に分からせなきゃ、それこそ意味ないわ」


 ニーナのもっともな主張に、シルキーも考え込んで口をつぐんた。

 火薬武器を手に入れたためか、最近になって人がかなり赤道近くまで来るようになったらしい。トロールもそこを守るのが役目である以上、侵入者に攻撃をしているだけなのだが、当の人はトロールの数が増えるか、より凶暴化したかに思っているのだ。

 しかもトロールが火薬武器を恐れるので、それでうまく森から一掃できるのではと、画策を始めてしまったといったところだ。それでも今のところはどうにか、神域の境界である赤道は死守できている。ディーリアの援軍がどれだけの働きを見せるかは分からないが、今の内に諦めさせる方法を見付けたかった。

 思案に切りを付け、ニーナは息をついた。


「とにかく、この辺り一帯にいるトロールにもっと話を聞いた方がよさそうね」


 その時、目の前の大岩が首をもたげた。どうしたのかとニーナが思った矢先、鼓膜を貫く轟音と共に強い光が視界で弾けた。巻き起こった爆風に体はなぎ倒され、硫黄臭い塵が降り注ぐ。慌てて顔を持ち上げようとしたところを、覆い被さって来たシルキーに押さえ付けられた。途端に二度目の爆音が轟いて、鼓膜が痛むほどにびりびりと震えた。


「君達、今の内に逃げるんだ!」


 音の合間を縫って聞こえた人の声にニーナは心底驚いたが、シルキーに押さえ付けられたままで顔は上げられなかった。草を踏んでこちらに駆け寄る足先だけがかろうじて見えたところで、不意に体の上の重みが消えた。ほぼ同時に誰かに腕をつかまれて強く引き起こされる。

 現れたのは、鉄製の胸当てをした男三人で、内の一人の腕にニーナは納まっていた。その肩越しに、別の男が腕を振り被ってなにかを投げるのが見えた。投げられたものが、ついさっきまでニーナと向かい合っていた大岩にぶつかる寸前、大きな音と炎を炸裂させる。煙が上がり、大岩の悲鳴が耳の一番奥を突き抜けた。

 わけも分からずすくみ上るニーナを、見知らぬ若者の手がぐいと引っ張った。


「こっちだ! 早く、走れ!」


 ニーナとシルキーはそれぞれ別の男性に引っ張られるまま、彼らについていく形になった。足場の悪さも気にせず彼らは走り、ニーナはどうにか転ばずに後に続いた。

 混乱の中にあったニーナはどれくらい走ったか分からなかったが、いい加減呼吸が苦しくなって来た頃になって、ようやく前を行く若者が歩を緩めた。彼自身もぜえぜえと喉を鳴らしながら、立ち止まって汗を拭った。


「ここまで来れば、大丈夫だ」


 若者が言うのを聞きながら、ニーナは前屈みになって呼吸を整えた。そこへシルキーが、気遣う顔で寄って来る。


「ニーナ様、お怪我は」

「平気。それより……」


 近くの藪が鳴って、遅れていた一人が現れた。三人の中で彼だけ肌の色が濃く、この土地の人間であることが見て取れた。


「なんとか追い払えたな」

「よかった。本当にすごい威力なんだな、爆弾っていうのは」


 シルキーの手を引いていた色白の男が、感心した風で言った。浅黒い肌の男は当然といった表情だけを返し、ニーナ達へ駆け寄って来る。


「大丈夫か、君達。なんだってあんなところにいたんだ」


 ニーナは彼を見上げると、急に気持ちが冴えた気がした。だが反動のように、すぐさま猛烈な怒気が湧き上がった。ニーナは頭に血が上って行くのを体感として意識したが、若者達がそれに気付くことはない。


「とにかく、このあたりは危険だ。町まで送って……」


 大きく息を吸い込み、ニーナは目を見開いた。


「あんた達! なんてことするのよっ!」




 * *




 騎士が率いるディーリアの軍勢は、ハルバラドの首都ヘスカルアで大変な歓待を受けた。異国の騎士達を見物するために集まった人々で街はごった返し、実際に騎士が姿を見せれば黄色い声さえあがった。磨き上げられた銀色の甲冑を身に着け、各家の色を取り入れた馬具で飾られた馬に跨る彼らは、確かに人々の憧れを集めるに足る姿だったのだ。ハルバラド国民を長年悩ませて来たトロールを一掃するだろう英雄への期待も、熱狂を後押ししていた。

 首長官邸ヘスカルア城でも、騎士達を歓迎する盛大な宴が用意されていた。首長サイードは騎士一人一人の機嫌を窺い、部屋を用意し、女をあてがうことまでしてのけた。あまりに過剰な接待に、エリヤなどはかえって辟易するのだった。


 首長への挨拶を済ませた騎士達は、轍があるだけで道とも思えぬ道をさらに南に向かい、ようやく本来の目的地へと辿り着いた。

 ザウィヤの町は、不毛な赤い大地と、先が見えないほど密に茂る熱帯林の境界にあった。密林はくっきりと線を引いたように突然に始まっており、町は楔のように森へ深く食い込む形をしていた。

 騎士達は、高床の家や仮設住宅から出て来た住民と、先行していたディーリアの支援部隊長による出迎えを受けたが、その数の少なさにエリヤは首をひねった。大きな町ではないとはいえ、あまりに人が少ない。一人ずつ数えて、数えられない人数ではないだろう。だが町の奥へ進めば、その理由はすぐに明らかになった。


 楔型の町の先端から三分の一あたりまでに渡る区画には家がなく、元は家の形をしていただろう瓦礫を大勢の人間が運んでいた。動ける者のほとんどが、破壊された町の復旧作業にあたっていたのだ。家族と住む場所を失い、傷付いた者達に異国の騎士を出迎えるゆとりなどあろうはずがなかった。

 一行はそのまま、町の一番奥、トロールを防ぐ塁壁の手前に築かれた急ごしらえの砦へと案内された。木の杭を連ねた柵で囲われた砦内には大小いくつもの天幕を並べた陣が張られ、広場の隅には倉庫と思しき木組みの小屋もある。天幕の布には灰と赤でこの土地の伝統的な幾何学模様が織り込まれており、野営地にしては装飾的な印象だった。


 ディーリア軍はいくらかのもてなしを受けたのち、早速、指揮系統を担う上位の騎士数人が砦中央の天幕へと通された。陣内で際立って大きな天幕の中には木の長テーブルが据えられ、南の森一帯の地図が広げられている。

 主だった者が揃うと、ハルバラドのトロール討伐部隊の隊長ハカムが一同に状況の説明をした。今後、ディーリアからの部隊もすべて彼の指揮下に入ることになる。


「ザウィヤを襲ったトロール達は、今はこの近辺の森に散っている。不用意に出かけると出くわすこともあるので気を付けていただきたい。奴らは基本的に単体で行動するが、時には三、四頭の群れを作ることもある。だがこの辺りのトロールは体が大きくとも、その分、動きは遅い。追い立てられるだけの頭数が揃えば十分に勝機はあるはずだ」


 テーブルに両手を突いて、ハカムは濃褐色をした鋭い眼差しで一同を見まわした。

 日焼けした巨躯が、それだけで威圧感を発する男だった。鼻筋はくっきりとしているが、目は半分閉じているかと思えるほどに細い。しかし垣間見える眼光は、修羅場を知る軍人のそれだった。


「そちらの兵卒も数人加えて、現在、偵察を出している。皆さんも着いたばかりでお疲れだろう。さらに詳しい話は彼らが戻ったらにしよう。それまで、しばらく休まれるといい」


 その場はひとまずそれで解散になった。だがディーリアの人間はトロールがどんなものかを知らない。ハカムの話を聞きながら、数日はハルバラド軍からトロールとの戦い方を学ぶことになるのだろうとエリヤは考えていた。しかし町の被害状況を見ては、それほど悠長に時間をかけてはいられないかもしれない。実戦はすぐに来るものとして覚悟が必要そうだ。


「思った以上に、厳しい状況ですな」


 大天幕を出たところで、半歩後ろからアーサーが話しかけて来た。ハワード家の私兵隊長である彼は、エリヤの補佐兼お目付け役として討伐騎士に参加していた。


「来て正解だったな。守られた場所にいては見えないものが、いかに多いかがよく分かる」

「若の場合、その守られた場所に居続けてもいいはずなんですが。まあ、少々荒っぽい方法で見聞を広めてらっしゃると思うことにします」


 ぼやくように言って、アーサーはこめかみを掻いた。ハワード家の次期当主はそれに見合った能力を着実に身に着けている一方で、若者らしい向こう見ずさと意固地さも持ち合わせていた。しかし少々の無謀さは、人心掌握で必要なこともある。これからの経験の積み方で、十分に人の上に立つに足る人物になるだろう。期待させるだけの素質をエリヤは持っている。彼がまだ十歳の頃から知っているアーサーとしては、それが楽しみでもあるのだった。


 ふと、人が叫ぶような声がした気がして、エリヤはそちらへ顔を向けた。砦のぐるりに連ねられた杭が途切れる門の方角に、いく人かの兵卒が集まっている。偵察の者が戻ったのかとも思ったが、それにしては早く、やけに騒がしかった。喚きあって喧嘩をしているようにも見えたが、時折聞こえる声に女性のものが交ざっている気がして、エリヤは訝しんだ。

 砦の指揮官であるハカムも騒ぎに気付いたらしく、天幕から出て来ると、大股に門の方角へ向かった。


「なんの騒ぎだ」


 ハカムの声に、ごたごたに集まっていた兵卒全員が振り向いた。


「隊長。それが、その……」


 答えかけた兵卒の体が横に薙いだ。兵達を押し分けて、小柄な人影が進み出て来る。波打つプラチナの髪が風に散るのを見て、エリヤは目を剥いた。現れた人物はそのままハカムの真正面に立ち止まり、臆することなく彼を見上げた。


「あんたがここの指揮官?」


 発せられた声はまごうことなく、凛と張った少女のものだった。その中に憤激の響きを感じ取って、思いがけずエリヤの背筋が冷える。だがハカムは、彼と並べば明らかにちっぽけな少女の、臆面もない態度に眉をひそめただけだった。


「なんだ、この無礼な小娘は。ここは女子供の来るところではないぞ。誰が連れて来たんだ」


 ハカムのなめ切った様子に、エリヤは嫌な汗が流れるのを感じた。ただでさえ何かに怒っている少女の纏う空気が、色を変えたように見えたのだ。もちろん、悪い意味で。


「あんたねぇ……」

「ニーナ様!」


 鼻を広げて肩を怒らせた少女を、別の少女が飛び出して羽交い絞めした。


「抑えてくださいっ。こんなところで揉めごとを起こしても、なにもなりません」

「放してシルキー! こういう人間は一発引っ叩いてやらないと分からないのよ!」

「お気持ちは分かりますが、暴力は駄目です!」


 その時、必死で押しとどめている方の少女と、不意に目が合ってしまった。硬直するエリヤを見て、少女の青紫の瞳が輝く。


「エリヤ様! エリヤ様もニーナ様を止めてください!」


 その場にいた全員の目がエリヤに向いた。いく対の目の中で、琥珀の目が大きく見開かれる。動けずにいるエリヤに向かって真っ直ぐ指が突き出され、少女の大音声が響き渡った。


「あああ――っ!」

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