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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第3章 白金姫と黄金姫

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5 ヒースの庭

 数日の休息をおいてから、ニーナはシルキーやルーペスを通じて様々なことを学び始めた。内容は主に、イヴと関わる星の秘密についてだ。それらはすべて、ニーナがすでに知っていなくてはならないはずのことであり、情報は膨大にならざるをえない。時にはジュリアも交えてお茶をしながら、あるいは宮殿の庭園を散策しながら、二人のジンはニーナに少しずつ、しかし多くを語った。

 この日もニーナは、居間でお茶を飲みながらルーペスの話を聞いていた。


「この星は球形をしており、女神の采配で南北に分けられています。その境界は赤道と呼ばれ、わたし達がいるのは動く命の領域とされている赤道北側です。南側は神々の領域であり、昼をソル、夜をルナが巡って星を見守る間、一方はそこで休み、精霊を生み出しています。女神達は一度生きものが滅んでしまって以来、常にどちらかが見守れるよう、星にご自分達の居場所も作られたんです。その場所を、人がトロールと呼ぶもの達が守っています」

「トロールというのは聞いたことがあるわ」


 ルーペスの話に反応しながら、ニーナはビスケットをかじった。


「ずっとの南の方の森にいるっていう、大きな生きものでしょう? 南の共和国では被害が出ているというような話は聞いたことがあるけど、そんなに凶暴なの?」

「人の側から余計な接触をしなければ、基本的に襲われることはないはずなのですが……」


 言い淀みながら、ルーペスは言葉を探すようにお茶を飲んだ。


「トロールも、広い括りでは精霊なんです。我々ジンがイヴを守るのと同じように、トロールも南の神域を守るために、女神によって生み出されたものですから。ただ彼らはわたし達のような複雑な思考力は持ちませんから、どうしても手段が乱暴になりがちではあります」

「乱暴っていうのは、人を傷付けることもあるってこと?」


 ルーペスは困ったように苦笑いした。


「まあ、そんなところです」


 トロールとは、ルーペスでも表現しにくいほど荒っぽいものであるらしい。話に聞いたことはあっても見たことがないニーナは見当がつかなかったが、トロールも精霊の内であるなら関わることもあるかもしれない。

 トロールがどんなものなのかニーナが想像を試みていると、ステンドグラスを通ってシルキーが居間に入って来た。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」


 ニーナが顔を向けて迎えると、中身の詰まった袋を抱えたシルキーは笑みで答えた。ルーペスは立ち上がって、彼女から荷物を受け取った。


「ご苦労様です。助かります」

「いいえ。ついでですから」


 袋の中身を軽く確認したルーペスは、やや高揚した表情を見せた。


「白砂糖が手に入ったんですね」

「ちょうど入ったばかりのようでしたので」

「素晴らしい。午後のケーキは期待していいですよ」


 意気揚々と、ルーペスは厨房へ荷物を運んで行った。

 シルキーとルーペスは時々、買い出しのために街へ出かけていた。同時に世情を見ては、人の目からでは見えない部分を王に伝えるといったことも、稀にしているらしい。ときに超常的な現象さえ起こせるジンが買い物を必要とするのは、最初は奇妙な気もした。だが、人が研究を重ねて手をかけた加工品や工業品というのは、彼らにとって勝手が違うのだそうだ。ルーペスも元素の力で砂糖の精製に挑戦したことがあるらしいが、人が手間暇かけたものとはやはり違ってしまったという。そういえば、ディザーウッドに住んでいた時にもカディーが買い出しに出ていた。これもジンの役割の内なのだろう。


「街はどんな様子だった?」


 シルキーが脱いだケープを片付けるのを待って、ニーナは問いかけた。シルキーは一息つけるように向かいの長椅子に座った。


「間もなく今期の議会が始まりますからね。地方の貴族がすでにデアベリーに集まり始めていましたよ。これから王宮にも人が増えて参りますから、お出かけになる際はお気を付けください」


 もうそんな季節かと、ニーナは考えた。

 冬から春にかけて、王宮ではその年の国の方針や政策を話し合う議会が開かれる。領地に暮らす貴族達は議会に参加するため、この期間中はデアベリーの邸宅へ移り住むのだ。

 ニーナがシルキーに連れられて王宮にやって来たのは、昨年の議会が始まる少し前だった。ここでの生活も一年が経つと思うと、感慨深いものを感じる。塔での暮らしはどんなものかと思ったが、食事や生活用品が上等なものばかりである以外は、案外ディザーウッドでの暮らしに似ていた。


 身の回りのことは基本的に二人のジンが行ってくれたが、ニーナがやりたいと言えば家事を手伝わせてくれたし、ルーペスから料理や製菓を教わったりもした。隠れ住むとはいっても外出は禁じられていないので、息が詰まるという感じもない。外部の人間との接触は極力避けてはいたが、元から家族以外との関わりが薄かったニーナにとって苦痛ではなかった。


「おじさんも、これからまた忙しくなるわね」

「レイモンド様にとって今年は難しい局面にはなってくる可能はありますね。東の帝国が征西を始めるのも時間の問題ではないかとの噂も耳にします。そうなれば、保守派と革新派の分裂も顕著になってくるでしょう」


 ディーリア国王レイモンドをニーナは、おじさん、と気安く呼んでいた。初めて対面した時には、物々しく取っつきにくいかと思ったが、ニーナにとっては数少ない肉親であり、今では打ち解けていると言えた。政治的な難しいことは分からないが、議会が紛糾した時の伯父の疲弊具合は昨年に見ていたので、ニーナは同情する気持ちで口を曲げた。


「あっちからもこっちからも責め立てられて、王様って本当に大変ね」


 よくよく考えてみれば、弟のロイが生きていれば次期国王に名を連ねていた可能性があるのだ。どこまでもお子様だった彼が王として采配を振る姿というのは、なかなか想像しがたいものだった。


「そういえば、シルキー。中庭のヒースが咲いたらしいわ」


 ニーナが話題を変えると、シルキーはより表情を和ませた。


「今年は綺麗に咲いたようですね」

「そうなの。だから午後から一緒に見に行きましょうよ」

「よろしいですよ。それでは、お昼をいただいたら早速参りましょうか」

「決まりね」


 この日の楽しみができたことに、ニーナは気をよくした。やはりどこにいても戸外の自然はニーナを引き付けるものであり、それは庭師であった父の影響なのかもしれないと、彼女は少し考えるのだった。




 * *




 エリヤ・ハワードは、デアベリー宮殿中央棟を囲うように南北の翼棟を結ぶ、大回廊を歩いていた。身に着けているのは、紺地に金ボタンの留められた近衛師団の制服だ。隣には、エリヤと並ぶとやや小柄に見える、揃いの制服の若者が歩いている。間もなく警備の交代時間であり、エリヤは同僚のヘンリーと共に持ち場へ向かっていた。

 議会に参加するフォルワース伯爵について、ハワード家が冬をデアベリーで過ごすのは例年のことだった。近衛師団に籍を置くエリヤはその間、連日開かれる社交の場にも顔繫ぎをしながら、士官候補として衛兵の任務にあたっていた。


「そういえばエリヤ、聞いたかい?」

「なにを?」


 士官学校の同期でもあるヘンリーが話しかけて来て、エリヤは足は止めずに目だけを向けた。ヘンリーは年齢の割に幼く見える顔に、好奇の色を見せていた。


「また出たそうだぞ」

「だから、なにが」

白金姫しろがねひめだよ。察しろよ」


 またその話か、とエリヤは思った。

 王宮では、昔から定期的に怪談話が流行る。世代によって呼び名や委細は変わるようだが、大抵が、女性の幽霊を見た、というものだった。社交界に姿は見せず、どこかの令嬢といった風でもない若い娘が、王宮の各所で目撃されては忽然と消えるという。

 その流行がついにエリヤの世代にまわって来た、というわけである。そして「白金姫」というのが今世代での呼び名だった。正確には「白金姫と黄金姫こがねひめ」の二人連れ、という話だった。


「ネイサンが一昨日見たらしい。その時は白金姫の方だけだったって」

「白金姫ねえ……」


 その呼称にわずかな引っ掛かりを覚えながら、エリヤは呟いた。

 目撃される二人はいずれもうら若い乙女であり、髪の色がそれぞれプラチナと金であることから、誰かがそのように呼び始めた。プラチナの髪と聞くと、一時的にでも共に暮らした少女の姿がどうしても脳裏をよぎる。それもあって、実のない噂話にはどちらかと言うと疎いエリヤでも、この度の怪談はなんとなく頭に留まっているのだった。

 だが、ヘンリーにはエリヤの反応が芳しくなく映ったらしかった。


「つれないなあ。これだけ流行っているんだ、もう少し興味を持ったらどうなんだ。それとも、怪談は苦手か?」

「別に、そういうわけではないんだ。ただ、話につかみどころがなさ過ぎて」


 ふうん、とヘンリーは少し唸った。


「姫はたいそう美人だというから、それだけでも興味を持ってもいいと思うが……君にそれを期待するだけ無駄か」


 ヘンリーは肩をすくめて、エリヤにこの話題での広がりを求めるのを諦めた。エリヤとしても興味がないではなかったが、余計なことを言ってしまいそうで、できれば避けたい話題ではあったのだった。

 フォルワース領主館から少女が姿を消して、すでに一年余りが経っていた。始めこそ、先に失踪した若者と併せて捜索がされたが、伯爵の決定ですぐに打ち切られてしまった。その後もエリヤは独自に彼らを探してみたが、ようとして行方は知れず、今に至っている。伯爵家に大きな影響があったわけではないし、二人のことはすでに過去の記憶となってはいたが、どこか特別な哀愁を感じてしまうのは否めないのだった。

 エリヤ達が、王宮の中庭を見渡せる一階の柱廊に出た時だった。隣を歩いていたヘンリーが立ち止まり、エリヤの袖を引いた。


「エリヤ、見ろ。あれ……」


 ヘンリーは声をひそめるようにして、中庭の方を指さした。物思いにふけっていたエリヤは特に返事もせず、ぼんやりとしたままそちらに顔を向けた。足を止めたエリヤは、そのまま一時、呼吸を忘れた。

 芝の敷き詰められた中庭には、中央に噴水を据えた丸い池があった。周りには生垣で区切られた花壇が線対象に優美な模様を描き、今は薄紅と紫のヒースが咲き乱れている。その間を縫うように砂利を敷いた小道に、少女の姿があった。


 少女は二人連れだった。一方の少女の髪は癖がなく、黄金よりもさらに鮮やかな黄色をしていた。そしてもう一方の少女の髪は、緩く波打つプラチナだった。プラチナの少女は花壇のそばに屈み込み、繊細に揺れるヒースの花を見詰めていた。

 広い中庭で距離はあったが、エリヤが見間違えるはずはなかった。少女の横顔は、エリヤの記憶にある面影と、寸分の狂いもなく重なった。

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