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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第3章 白金姫と黄金姫

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4 精霊石

 ニーナは座ったまま言葉を失っていた。思考は完全に、理解することを放棄している。その肩に、そっと手を置く者がいた。


「ニーナ様、大丈夫ですか」


 顔を向ければ、シルキーが不安げにこちらを見ていた。ニーナはまだぼんやりしながら答えた。


「うん……ちょっと驚いただけ」


 ジュリアが気遣うように、少し身を乗り出した。


「そんなに難しく考えることはないの。イヴの仕事は主に二つ。季節の変わり目の嵐に乗せて血を降らせることと、次代のイヴを産むことよ」


 ニーナはひるんだ。


「あの……ちって、血?」


 まさか真っ赤な雨を降らせるわけではないだろうが、それでもニーナは確認した。ジュリアは穏やかに苦笑した。


「血と言っても、必要なのはほんの四滴。四元素に一滴ずつ預けて、あとは精霊達に任せてしまえばいいわ」

「それだけ?」

「それだけよ。たったそれだけでも、星にとっては大きいの。その証拠に、エベリーナの死後、目立たないところで未熟なものが増え続けているわ。老いたわたくしでは力が不足しているのよ」

「それで、あたしが?」


 ジュリアは頷き、ニーナは自信なく俯いた。胸の辺りが、なんだか重い気がする。


「やっぱりまだ、実感が湧かないというか……よく分からない」

「無理もないでしょう」


 神妙だったルーペスが、少し眉を開いた。


「これはこの星にとって致命的とも言える秘密ですからね。イヴ自身とディーリア国王以外の人間は一切知りません」

「王様は知っているの?」


 ニーナが顔を上げると、ルーペスは頷いた。


「このディーリア王国はイヴを隠すためにあります。王はその事実を知った上で、国を傾けない意志による義務があるのです。万一、イヴの力を利用しようなどと考えれば、神々から消去の決定が下されて、強制的な代替わりが行われるでしょう。死の怖くない人間はいない」

「つまり、自分の身と星を守りたければ、しっかり治めろってこと? この上ない脅迫と弾圧ね」


 ルーペスは体の前で指を組んだ。


「この国の玉座はそれで成り立っていますからね。基本的に玉座にはイヴの血縁者が就くことになっていますが、それにしても、そんなに気分のいい立場ではないと思います。まあ、王がよほどの愚をおかさなければ、国が傾くことはまずないはずですけど。人の心以外はすべて、イヴを守る方向に働きますから」

「イヴを守る……」


 ニーナはやはりいまいち理解していなかったが、今は深く考える気分にはなれなかった。息を吐きながら、ニーナは椅子に深く身を埋めた。


「こんなに大切なこと、お母さんはどうしてなにも言わなかったんだろう」

「それは分からないわ」


 顔を向けると、ジュリアは真っ直ぐこちらを見ていた。


「ただ一つ言えるのは、エベリーナはここを出た後も血を降らせることはしていたわ。だから、星が滅んでいいと思っていなかったことは確かよ」

「イヴの務めは問題なく果たしていたってこと?」


 ジュリアとルーペスが、揃って首肯した。ニーナは余計に頭を抱えた。


「あたし、お母さんのことがますます分からなくなって来た」


 苦悩するニーナを見て、ジュリアは一度切りをつけるように提案した。


「なにもいきなり全部理解することはないのよ。これからあなたはここで暮らすのだから、時間はいくらでもあるわ。これから順番に知って行くとして、今日のところは部屋でゆっくり休みなさいな。色々あって、疲れているでしょう」

「わたしもそう思います」


 ルーペスも同意し、シルキーがニーナの手を取った。


「そうさせていただきましょう、ニーナ様」


 促されるままにニーナは立ち上がった。いったん話を切り上げることについて、ニーナもかなりのところまで同意だったのだ。あまりに色々な情報をいっぺんに入れられ過ぎて、混乱しているのも確かだった。

 猜疑心よりも母とカディーの事を知りたい気持ちが勝って伯爵家を出てきたが、これほど常識の範疇を超える事を明かされるとは想像しているはずがなかった。


 最初に入って来たステンドグラスから見て左側の扉から出ると、今までいた部屋より狭い扇型の空間になっていた。正面にはもう一枚扉があり、扇の狭まっている側である左手には、細い螺旋階段がある。宮殿で最初に見たものと比べるとずいぶん華奢に見えるその螺旋階段を上がった先には、再び扉が左右に一枚ずつあり、シルキーは右の部屋へニーナを案内した。

 個人用には十分過ぎる広さのある部屋だった。天井の一部がガラス張りになっており、そこから日の光が振り注いでいる。白と若草色で揃えられた調度は、塗りたてのような艶を放っていた。部屋はやはり奥へと広がる扇型で、壁の曲面に合わせて作られたらしい長椅子へと、ニーナは腰を下ろした。


「なにか、欲しいものはございますか」


 シルキーの気遣いに、ニーナは緩く首を振った。深くため息をついて、そのまま長椅子に横たわる。


「なんか、疲れちゃった」


 立て続けに起こる事由に、ニーナはすっかり疲労困憊していた。そもそも少し前まで熱で寝込んでいたのだ。本調子であるはずがなかった。


「少し、お眠りになられますか」


 シルキーが心配そうに顔を覗き込んで来て、ニーナは少し唸って顔をしかめた。


「あんまり、そういう気分でもないの。少し冷たいものが飲みたい」

「承りました。今お持ち致しますね」


 シルキーはニーナから離れ、部屋を出て行った。

 一人になると、ニーナは嘆息した。なんだか、色々なことがどうでもよくなった気がする。今まで信じて来たものすべてに、裏切られた気分だ。


 ニーナは襟を探り、首飾りを引っ張り出した。二つ着けている内、引き当てたのは赤い水晶だった。それを日の光に透かすようにして、ニーナは眺めた。

 母親と同様に、カディーのことも分からなくなっていた。幼い頃から一緒に育った彼を、誰よりも理解している自負が、ニーナにはあった。だが、それが大きな間違いであったことを、かなりの衝撃をもって受け入れざるをえないようだ。


 そのまま水晶を手の中でもてあそんでいると、シルキーが戻って来た。彼女が水滴の付いたゴブレットを目の前のテーブルに置き、起き上がったニーナはそれを覗き込んだ。

 ゴブレットの中で、氷の塊が涼しい音を立てた。


「ここには氷があるの?」


 ニーナが顔を上げると、シルキーは微笑んだ。


「氷は、風と水で作れますから」

「そういうものなの……」


 ニーナは軽く頬を掻いた。

 本来、口に入れられる氷は貴重だ。万年雪の山奥から、澄んだものを切り出して来なくてはならないからだ。だがそれが簡単に作れてしまうという。それを思うと、実はなかなかいい身分なのかもしれない。

 ふと、シルキーがニーナの胸元へと目をやった。


「精霊石ですね」


 ニーナは一瞬きょとんとしてから、思い至って、首飾りの水晶を持ち上げた。


「これ、精霊石というの?」

「ええ。それは、火の石ですね。前の方のものとお見受けいたします」


 シルキーは冷静に言い、ニーナは目を細めた。


「そんなことも分かるのね。これはどういうものなの?」


 一息置いてから、シルキーは答えた。


「それは、ジンの力の一部を取り出し、見える形に固形化したものです。それを使うことで、イヴと元素の結びつきをより強固にすることができるのです」

「強固って、どんな風に?」

「先ほど、ルーペス様のお話しにもございましたよね。イヴは女神の力を受け継いでいますが、強いものではないと。それは、精霊達が言葉を苦手としているからです」


 座っているニーナと視線を合わせるように、シルキーは膝を突いた。


「精霊は互いに力の波長を合わせることで、直接思いを飛ばし合い、会話しています。しかしイヴにその能力はありません。精霊とは基本的にイヴの意思を尊重し、その身を守るように動きますが、会話が出来ないため意のままにするのはとても難しいのです。大抵の場合は間にジンが立つことで意思疎通を補うのですが、精霊石はその代替をすることができます」


 シルキーはニーナの胸元の石を指さした。


「精霊石は、同じ属性の精霊であれば波長が合うようになっていますから、例えば、その石であれば火の精霊との対話が可能になるのです」


 シルキーの丁寧な説明を聞きながら、しかしニーナはさっぱり理解できずに唸った。シルキーは少し考える素振りをして、ニーナの手を取った。


「言葉で説明するよりも、実際にやってみましょうか」


 シルキーが、そっと掌を重ねて来た。すぐに硬い感触がして、彼女の手が退くと、ニーナが首に下げているのと同じ首飾りがそこにあった。石の色は、春の花を思わせる黄色をしている。


「これは風の精霊石。わたくしの力の一部です。これがあれば」

《このように話せます》


 シルキーの声が、耳の一番奥で響いて聞こえた。その時、彼女は口を閉じたままだった。


「どうやったの?」


 戸惑うニーナに、シルキーは微笑んだ。


「石から、波を感じませんか? それに、思いを乗せるのです」

「ええっと」


 ニーナが石を握ったり、こすったりしてみていると、シルキーはくすくすと笑った。


「受け取る方は簡単ですが、乗せる方はコツがいるので少し練習が必要かもしれませんね。どうぞ、その石はお持ちください」


 そんなものなのかと考えてから、ニーナは襟からもう一つの首飾りを取り出した。


「これはなんの石?」


 ニーナが尋ねると、シルキーはその無色の石を見据えた。


「そちらの石は力を失っていますね。以前はもっと違う色だったのではありませんか」


 ニーナは驚いた。


「どうして分かったの? 確かに、お母さんから貰ってすぐの時は青色をしていたのよ」


 それはニーナと、亡くなった母親しか知らないはずの事実だった。するとシルキーは、瞳をやや陰らせた。


「そうでしたか、エベリーナ様の……。でしたらこれは、元のジンが消滅したために力を失ったのですね」

「ジンが、消滅?」


 シルキーは静かに頷いた。


「ジンは生涯をただ一人のイヴに捧げます。普通の生き物とは違いますので、ある程度の年齢まで成長するとそれ以降は不老不死に近い存在になりますが、守護するイヴが亡くなると、役目を終えて消滅するのです」


 息を吸い込んで、ニーナは目線を下げた。


「だから、お母さんのジンがここにはいないのね……なんだか可哀そう。ジンって、イヴにすごく縛られている」


 ニーナが呟くと、シルキーが柔らかく微笑んだ。


「ニーナ様は、お優しいのですね。ジンがイヴを守り、身を尽くすのは本能から。わたくし達にとって、イヴと離れることほど辛いことはありません。ですから、むしろ生き残ることを望むジンもいないのです。わたくしの身も心も、すべてはニーナ様のためだけに……いえ、ニーナ様のものと思っていただいて構わないのですよ」


 後半は告白を聞かされているようで、ニーナは気恥ずかしい気分になった。真っ直ぐ見詰めてくる青紫の瞳に、偽りの色はない。ニーナはわずかに頬を染めて、シルキーの手を握った。


「あたしは、前のジンを不幸にしてしまった。だからシルキーはそうならないように頑張るわ」

「ニーナ様」


 シルキーも嬉しそうに頬を染め、少女達は温かな気持ちで見詰め合った。


「あの、それで、早速で悪いのだけれど……」

「いかがなさいましたか」

「精霊石の使い方、もっと教えてくれる?」


 シルキーは花が開くように、顔を綻ばせた。


「ええ、喜んで」

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