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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第2章 緋色の遁走曲

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3 伯爵

 ニーナはカディーとの再会で気力を持ち直し、ようやく眠れるようになっていた。まだベッドで過ごす時間がほとんどだったが、カディーがそばにいた方がよく眠れたため、彼を部屋に呼んではたわいない話をし、そのまま昼寝をすることが多かった。若者が少女の寝室に出入りすることに顔をしかめるものもいたが、今はぐっすり休める方が大切だというベンソン医師の進言もあり、昼間だけならという条件付きで見逃されていた。


 伯爵の使いが部屋にやって来たのは、カディーが持ってきてくれたお菓子を二人でつまみながら話している時だった。伯爵に会うのは気が進まなかったが、カディーが行こうというので、ニーナは渋々従った。

 家長の執務室は、伯爵一家が主に私生活の場としている南西の棟にあった。ニーナが家族棟に踏み入るのは初めてだったが、カディーはここの図書室を何度か利用しているらしかった。その図書室のすぐ隣が、目的の部屋だった。


 伯爵の執務室は、ニーナが想像していたよりも狭かった――とは言っても、当たり前の民家よりずっと広い。床には灰色の絨毯が隙間なく敷き詰められ、壁のマントルピースの上には大きな絵画がかけられている。

 部屋の奥には黒い机と革張りの椅子が据えられていたが、伯爵はそこには腰かけず、最奥の窓の前に立って外を見ていた。逆光で影の輪郭しか分からないが、背の高い人物であることは分かる。エリヤの長身は、父親譲りらしい。ニーナ達が部屋の中央まで進み出ると、伯爵はゆっくり振り返った。


「君達がディザーウッドの住人か」


 ニーナは失礼のない程度に小さく膝を折った。


「ニーナ・パーカーです」

「カディーです」


 二人が名乗ると、伯爵は黙って窓から離れ、椅子に腰を落ち着けた。


「ディザーウッドでは、愚息がずいぶん世話になったようだ」


 伯爵がおもむろに切り出し、ニーナは背筋を正した。目上の者への畏怖からでなく、彼女なりの警戒の姿勢だった。ニーナ達がなにも言わないのを見て、伯爵は続けた。


「あの樹海から息子を無事に帰してくれたことについては、わたしも感謝している。その息子が、恩返しのつもりかは分からないが、君達をしばらく屋敷に置きたいと言っていてね。わたしもそれは構わない。君達も元の生活を取り戻すには時間が必要だろう」


 言葉を区切ると、伯爵は机に肘を突き、顔の前で指を組んだ。


「だが、君達を本当に懐に入れていいものか、判断をしかねているのが正直なところだ」


 伯爵の貴族らしいまわりくどさに、ニーナは焦れた。


「なにが言いたいんです」

「君達は何者だ」


 伯爵は取り繕うのをやめ、ニーナは目を細めた。


「そんなことを聞いてどうするんですか」

「それは、君達の答えによる」


 伯爵は抑揚なく言った。ニーナ達を観察するはしばみ色の目はエリヤとよく似ていたが、若者には持ちえない鋭さと苦みがあった。


「君が我々を嫌っていることは聞いている。だが、嫌うにもそれだけの理由があるのだろう」


 高圧的な伯爵に、ニーナはじわじわと気持ちが昂ってくるのを感じた。


「あなたには関係ありません。あたしはニーナ・パーカーです。それ以上でも以下でもない」


 ニーナは伯爵を睨むように見た。


「あたしも、火事から助けてもらったことは感謝してます。でもそれと、あたしがあなた達に気を許すかどうかは別の問題です。信用できないから追い出すというのなら、あたしは別に構いません。あたしだってあなた達を信用していないし、ここはあたしの家じゃないもの」


 一息に言ってニーナは深く息を吐き、伯爵は目を細めてそれを見ていた。


「なるほど――顔が青いようだ。君はもう少し休んだ方がよさそうだな。メイドを呼ぼう」


 自分でも少し血の気が引くのを感じながら、ニーナは首を振った。


「平気です。一人で戻れます」


 ニーナは伯爵に背中を向けると、気分の悪さを引きずりながら真っ直ぐ部屋を出た。虚勢を張り続けるには、あまりに体力が足りなかった。




 * *




 ニーナが去り、執務室に残った若者の方へと伯爵は目をやった。


「一緒に行ってやらなくてよかったかね」


 少女を見送るように扉の方を向いていたカディーは、顔を振り向けた。


「彼女の気が静まるまでは、そっとしておいた方がいい」

「そうか」


 気を取り直すように、伯爵は指を組み替えた。


「君の答えも聞かせてもらおうか」


 カディーは肩をすくめた。


「ぼくに言えることはないよ。ぼくらが誰かの害になることはない、とはご子息に言ってあるけど」

「深入りをしなければ、だったな」


 伯爵が付け足すように言い、カディーは薄く笑った。


「なんだ。聞いているんじゃないか」


 伯爵は心なしか眉を寄せた。


「どうやら君は、目上に対する礼儀を学ばずに来たようだ」


 伯爵は皮肉ったが、カディーは微笑を崩さなかった。


「それはないよ。そのあたりのことは、子供の内に学んだ」

「つまり、わたしはそれをするにあたいしないと?」

「そうは言っていない。あなたは立派に役目を果たしている」

「では、君が礼をとる相手は誰だ」


 微笑んだまま、カディーがわずかに目を見開く。


「そんなにぼくらのことが知りたい?」


 伯爵は息を漏らすように鼻で笑った。


「姿は見えているのに網には一切かからない。となれば、どんな魚か興味も湧くだろう」


 言外の挑発に、カディーは笑みを冷たいものに変えた。青紫の瞳で真っ直ぐに伯爵を見つめる。


「あなたにぼくらは捕まえられない。どこにもいないけれど、どこにでもいる。それがぼくらだから」


 謎かけのように言うカディーを、伯爵は純粋に、面白い若者だと思った。今の地位についてもうかなり経つか、この若さでこれほど読めない人物も珍しい。


「それは、なんの組織だね」


 伯爵が憶測だけで言うと、カディーはおかしそうに笑い声をたてた。


「なるほど。その表現は思い付かなかった。まあ、的は射ていないけれど」


 面白がる様子の若者を、伯爵は少し眺めた。やはり、本音が見えない。


「では……」

「それくらいにしておいた方がいい」


 続けようとした伯爵を、カディーは遮った。


「深入りはお勧めしない。ご子息からも、そう聞いてるはずだ」


 訝しむ伯爵を、カディーは見つめ返す。


「深入りさえしなければなにも害はない。放っておけばいつの間にか消えている。その程度のものさ」

「放置しろと?」

「ぼくらがそれほど長くここにいることはないよ。いつとはっきり言うことは、まだできないけれど。そう遠くない内にぼくらは消えて、残るのはあなた達のなにごともない生活だけだ」

「それを信用するに足る根拠はあるのか」


 カディーは飛び切り感じよく笑った。


「ぼくが保証するよ。あなた達を含めた誰かの不利になるようなことは起こらないさ」

「そうか……」


 伯爵が思案に入り、話が終わったと見たカディーは彼に背中を向けた。


「もう一つだけ聞く」


 伯爵が呼び止め、カディーは扉に手をかけたまま顔だけを向けた。そのすらりとした姿を見ながら、伯爵は低く言った。


「君が、ニーナを守る理由はなんだ」


 ふっと、カディーは何度目かの笑いをこぼした。


「それがぼくの本能だから」


 それを最後に、若者の姿は扉の向こうに消えた。

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