野球部始動
時は流れ、四月。
相沢は新設された成真高校のグラウンドに一人、立っていた。無事、共学化された成真には全校生徒900人のうち、一年生で入学してきた男子生徒は約150人。しかし、相沢が入学前に勧誘したのは諸角ただ一人だった。
「監督!用意出来ました!」
グラウンドの奥に見える校舎の方から諸角が、そう叫んでいた。
「分かった!今行く!」
相沢はマウンドからホームを見つめる。
ここから、新しい日々が始まる。
自分にとって何が出来るのか、子供達に何をしてやれるのか、自問自答する日々だろう。それでも、この話を引き受けたからには、監督業を精一杯務めよう。そう、言い聞かせながら、相沢は校舎の方へと歩を進め始めた。
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視聴覚室に入ると、入部希望者がすでに座って待っていた。
「監督、入部希望者は全部で10人でした」
諸角の報告に「ありがとう」と礼を告げると、相沢はぐるりと教室内を見回す。
その中には大南中の速水の姿もあった。
速水のことはすでに、ヨースケから聞いていた。二月の末ごろだろうか、ヨースケからの電話に相沢はひどく驚いた。
「実はうちの速水が、成真に行くと言ってましてね」
県内の強豪校なら分かるが、大阪第一の勧誘を断ることは、速水の将来を考えてもマイナスになるのではないか、と思っていたからだ。
「うちは必ずしも甲子園に行けるとは限らない。その辺を速水君に伝えてもらいたい」
相沢はそうヨースケに言ったのだが、速水の気持ちは変わらなかったらしい。
しかし、これで少なくとも一人の優れた投手は確保できたのだ。相沢にとっては大きな助けとなった。
「皆さん、こんにちは。野球部の監督を務めさせてもらう相沢です」
生徒たちはじっと相沢を見つめている。
「あの、まず事前に言いたいことがあります。皆さんの中に、甲子園を目指している人はどれぐらいいますか?」
すると速水を始め、数人が手を挙げた。
「君たちには先に謝っておきます。ごめんなさい。私は名監督でも何でもありません。新人です。ですから、君たちを必ず甲子園に連れて行くという約束はできません。ただ…」
速水たちは視線を逸らさず相沢の言葉に耳を傾けている。
「ただ、野球の面白さは伝えられるかと思います。そして、野球の面白さを追求すれば必ず強くなるということは間違いない事実です」
「監督、野球の面白さって何ですか?」
諸角の質問に相沢は答える。
「そうだなあ、それは…。いや、ここでは言うのを辞めておきます。皆さんが野球部の活動を通して気付いてください」
はぐらかされた言い方に、生徒たちの反応は今一つだったが、速水だけは「はい!」と大きな声で返事をした。
周囲の生徒たちは急に上がった声に驚き、速水の方を注目したが、すぐさま「はい!」追いかけて返事をした。
この行動に、相沢は「なるほど。このチームは予想以上に強くなるかもしれない」と密かに手応えを感じていたのだった。