スカウティング
相沢がある日、訪れたのは県内中学の軟式野球大会で優勝した大南中学校だった。
ここは相沢の高校時代の後輩がチームの監督を務めている。
「相沢さん、元気でしたか?」
「久しぶりだな、ヨースケ」
監督の大泉洋介は小柄だが、選手時代は足が速く、小技もできる存在でチームに重宝されていた。身長は相変わらず低いままだが、髭が生え、顔立ちもあの頃より精悍な表情に変わっていた。
「まあ、こっちに来てくださいよ」
大泉に着いていくと、グラウンド脇のブルペンで投げている選手が目に入った。
「あの子が速水君?」
大泉が頷く。
「そうです。うちの県大会優勝の立役者ですよ。球速は現時点で140キロ近くは出てます」
「なるほど」
速水は身長が190センチほどある大型投手で、速球派。フォームも滑らかで怪我をしそうな感じもない。相沢から見ても良い投手だというのは瞬時に見て取れた。
相沢に気付いた速水が投球練習をやめ、「こんにちは」と声を張り上げながら頭を下げる。それに呼応するかのようにグラウンド中の選手たちが相沢の方を向いて次々と「こんにちは」と挨拶をし、礼をした。
相沢も負けじと「こんにちは!」と声を上げて深々と礼をすると、大泉が声の大きさに驚きながらも「変わってないですね、相沢さん」と笑った。
大泉の後についてたどり着いたのはバックネット裏の席だった。席といっても、長い木材や針金で急造されたようなバックネット席だが、試合の時はここから試合の様子を眺めることが出来る。二人はここに腰を落ち着けた。
「それで早速なんだがな」
相沢が切り出すと、大泉は待ってましたと言わんばかりに「あいつでしょ?」と話す。
大泉の視線の先には速水の姿があった。
「ああ、速水君の話は聞いていたが、彼は他の高校から勧誘があるんだろ?」
「はい、県外からラブコールはガンガン来てますね」
「聞いたところでは大阪第一からも誘いを受けてるとか」
大阪第一高校は甲子園の常連校であり、春夏連覇の経験もある超強豪高である。中学生からすれば大阪第一の野球部に入部するということは、それだけで難関であり、そのチャンスを掴めるのはほんの一握りだ。
「はい、実はそうなんです」
相沢は笑う。
「それなら彼は大阪第一に行った方がいい。あそこなら選手の育成が環境面でも整っているし、何より監督が凄い人だ」
大泉は苦笑いで答える。
「はあ。まあ、それは、そうなんですがね。というか、相沢さんはてっきり速水を見に来たのかと思ってました」
「はは、そりゃ速水君が来てくれたら甲子園は大きく近づくだろうが、彼の将来を考えたら現時点で実績のある大阪第一の方が良いと、俺でも思うよ」
「それじゃ、今日は…」
「ん、ああ、一人気になる選手が居てね。彼にはもし良かったらうちに来てもらいたいと思っているんだ」
「気になる選手、ですか?速水じゃなくて?」
「ああ。諸角君っているだろ?」
「もろ…ずみって、諸角ですか?」
「うん、その諸角君」
「野球は中学2年から始めた初心者ですけど」
「うん、間違ってない」
「マジで言ってます?」
「うん、マジ」
「やっぱり相沢さんの考えていることは全然分かりません」
大泉はそう言いながらも、練習をしていた諸角をバックネット席に呼んだのだった。