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ブラウン・メイヴ  作者: 給湯機
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1話

携帯の通知音が聞こえる。


自室は薄暗い

寝返りを打ち、見慣れた照明が沈黙を続けているのを薄目で見る。


青春が終わった。

つまり俺の人生、もう終わったようなもんだよな。


目を閉じると練習の日々が頭を過る。

自慢ではないけれど、俺はそれなりにの水泳の才能があった。

全国を目前に控えた最後の試合は、呆気ないものだった。



モゾモゾと腕を伸ばし、床に放り投げてあった携帯を拾い上げる。

最近話題の濃霧注意報だ、くだらない。



用を足し、リビングに行くと父親がテレビを見ていた。

「もう11時だぞ」


「良いだろ、休日くらい」


冷蔵庫を開き、飲み物を探す。

グレープジュースを取り出した時、父親がふわと欠伸をする音が聞こえた。


「そういえば、親父。今日は出掛けないの?」


「行く予定だったがな」


振り替えると父親は窓をぼんやりと眺めていた。

あぁ、霧か


「まぁ休日で助かった。」


「歩いて行けば?」


「馬鹿か、それなら車で行く」


真っ白な窓からは何も見えない。

今日は一段と濃いな。


人間、つまらないと思いながら居ると面白いことを思い付くものだ。

俺は飲み干したグラスに水を注ぐと出掛ける準備をするべく自室に戻った。


予想以上に凄い濃霧だった。


玄関のドアを開くと、霧がドサッと家に雪崩れ込んだので、急いで閉める。


外に出た後、持ってきた事故防止の懐中電灯を前にかざしてみると、手首から先が見えなくなった。


だが、塀を伝えば行けなくもない。

2、3歩進んで、コツも掴んだので、ずんずん進む

こうやって、濃霧の中を構わず歩くのは、そういえば初めてだった。



濃霧は、俺の住む高森町にもよく発生するようになった。

半年前の話だ。

月に1、2回発生し、出てきたら丸一日は消えない。

ここまで濃いと、車や自転車に乗るのは危険で、控えるように呼び掛けられている。迷惑な話だ。


この異常に濃く、長く残る霧は最初の頃はテレビでも結構取り上げられていた。住民に危険があるわけでもないと分かると、段々と話題にならなくなった。


なにやら地下深くから水蒸気が湧きだしているらしい。何かの特番でどこかの大学の専門家が噴火の危険性がどうの、大地震がどうの言っているのを見たが…ハッキリとした原因はまだ分からないらしく今でも東の山の方に調査の為に人が登っている。



近所の公園に着いた。

普段は歩いても10分くらいの場所にある所だが、今日は30分も掛かってしまった。

入り口の車停めに腰を掛けて、一休みすることにした。

座り心地が悪く、尻が痛くなるが、構わずに居るとこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

やがて目の前に人影が見えた。



「…湊か?」


「昨日ぶり」


やっぱり今日も来ていたか。

大久保は俺の姿を確認すると、隣の車止めに腰を下ろした。


「お前、霧の日は来ないと思ってたわ」


「面倒だからな、ここから微妙に遠いし、家」


この公園は大きい

住宅地から少し離れた所に位置するここは、広さの割に遊具が砂場しかなく、あまり利用者が居ない。

俺達はここを部活が暇な時の根城にしていた。


小さな子供が親に連れられて遊んでいるのも良く見るが、大抵は遊具のある一角のスペースから外には出てこない。


「なんだよ、それ」


ナップザックからビニール袋を取り出そうとしていると、大久保が中を覗き込んできた。

「花火」


「花火ぃ?」


「ふっ、今日は濃霧だろ?これなら煙とかの苦情を気にせず花火を楽しめる」


「天才には紙一重足りないな。そもそも霧で見えなくないか?」


誰が馬鹿だ。


「やってみなきゃ分からないだろ。見えなきゃライトで照らして見ればいい」


ここで大久保が笑いだした。

俺はコイツを笑わせるために来たわけではないのでザックから黙々と花火セットを取り出していく。

バケツ、ライター、ゴミ袋…


「よし、乗った。俺もやる、暇だし」

大久保がバケツを持ち上げ、水道のあるところへ消えていった。


「お前って何時も暇だよな」


「おい、大会落ちしたお前もこれから暇になるんだぞ」



霧の中での花火は思ったよりも面白かった。


火を付けると霧の中、ばちばちと鈍い光を出しながら灰色の汚い煙を上げるのだ。

花火は綺麗だと思いながら見るものだと思っていたが、今日は真逆だった

途中からもう三人見慣れた面子が参戦し、俺達は大いに空気汚染を楽しんだのだった。


残りの花火が湿気ったのか、火の付きが悪くなった頃、サイレンを鳴らしながら消防らしき車が近くに止まったので、全員裏側から逃げて事なきを得た。


近所にも気付かれないと最初は思っていたが、煙臭さは辺りに蔓延していたし、笑い声はあちこちから聞こえるし、煙の色も真っ白な濃霧には全く溶け込まなかったのだから仕方ない。途中から分かってはいたが、こんな愉快な事を止められる訳がない。


俺の人生は3月の卒業まで、もう少しだけ続くようだ。


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