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凍心の竜  作者: Fin
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閑話~Physical laws~

「帰って来た?」


 目の前には再びの森。異世界で出会って、わたしが名付けたシアンに日本に送ってもらったはず。

 ならここは日本なのだろう。日本なら森を抜けるのにそう時間はかからないだろう。


「よしっ、行こうか。」


 気合いを入れ直し、森の出口に向かって歩き出す。未来は明るいぞ。

 そう突き上げた拳が風を纏う。


「あれれ、魔法?」


 魔法は使えるまま?こっちでも魔力が使えるの?なんだったらわたしも転移とかできればよかったのになぁ。


「まあいっか、これで水には困らないし。」


 それに野生動物程度なら相手にもならないだろう。向こうではもっと危険で狂暴な魔物と戦っていたのだから向こうの能力が使えれば片手間にでも撃退できる。


「日本なら山火事でも起こせば消防が来るか?………やめとこ。」


 確かに山火事が起きればすぐにでも飛んでくるだろう、そういう国だ日本は。だがそれではわたしがあまりに不自然になってしまうだろう。山火事のそばで発見された行方不明の少女、不自然過ぎる。

 魔法で救難信号でも送ってみるか、とも思ったが後で困るのはわたしなのだ。聞かれて答えられないようなことはやめておいた方がいいだろう。電子機器なんて今は持ってない。


「結局歩くしかないなぁ。」


 どうせ異世界の森より危険は少ないのだ。あまり気張る必要もないだろう。


 この後、三日三晩歩き続けたが迷子になり、散々歩き回った末、四日目の朝ようやく森を出たのだった。

 だが出てきた場所は確かに日本なのだが、あまりに僻地の村落で。


「ネット繋がんないじゃん!」


 最初の一声はこんなだったらしい。













「樫木さん、行方不明になっている間あなたはどこにいたんですかね?」

「だから、ずっと森だったっていってるじゃないですか。」

「いやいやご冗談を、自分で言ってておかしいとは思わないのですか?」

「んいや、あの程度の森じゃあ大したことないってば。」


 結局ネットが繋がらない状況を我慢できずに、再び自力で町まで踏破してしまった香織である。

 しかし、香織は行方不明中の人物だ。普通に町なんか歩いてたらいずれ見つかる。

 結果、今事情聴取中だ。


「あなたのプロフィールを見ましたが、サバイバル経験もないしむしろインドア派なようではないですか?」

「まあ、筋金入りのオタクだからねこちとら。ラノベ、マンガ、アニメ、ネトゲ何でもやってたよ。」

「そんなあなたがどうやって生き延びたのか聞いているのですがね。」

「んー、気合い?」

「………」


「あー、助けてもらったの、ある人にさ……。」


 思い出すのは美しい白い髪の女の子。同性で、しかも三次元(リアル)で見とれたのは彼女が初めてだった。

 本能が、この子は人間じゃないと言っていた。だけどあの子は、シアンは人間より人間らしい優しさに溢れていた。


「助けてもらった、ですか。」

「んや、ウソウソ、あんなところに人なんている訳ないじゃん。」

「……はぁ、もういいですよ。結構です。」

「そうそう、わたしは森に一人でいたし、誰もそばにはいなかった。」

「香織さんは森に一人でいたし、誰もそばにはいなかった。」

「それでよしっ。」


 若干の暗示をかけておいた。魔法の応用だ、魔力で相手の精神に作用する技術だ。


「もう帰ってもいいよね。」

「もちろん、あなたに聞くことは何もない。」


 じゃっ、家に帰ろうかな。もう家までそう距離はない、すぐにたどり着けるだろう。


「あー、お母さんになんて言い訳しようかな。」


 そう考えると少し憂鬱だが、家には楽しいことも待っている。これでは暗い気持ちにもなりきれないと言うものだろう。心なしか足も弾む。



 しかし、そんな気持ちに水を差すようにそれは訪れた。


「あなた、こちら側の人間?」


 振り向いた先には夕陽を背負ったツインテールのよく似合う、ツンツンした女の子がいた。

 だけどおかしい。どうして彼女には魔力があるのか。


「こちら側とは?」


 少し警戒を強めて返すが、気にした様子もなく(仮称)ツンデレさんはわたしを蔑むような目で見ている。


「そう、知らないならいいわ。……知らないのは幸せだものね。」


 最後は聞かせる気がなかったのだろう、かなりの小声になっていた。だが、異世界で生き残るために鍛えられた耳はその声すら拾ってしまっていた。


「知らないのが幸せだなんてわたしは思わないよ。」

「知ったような口を聞くじゃない。そういうことは知っているものが使うものだわ。」


 このまま何とか情報を聞き出せないものか。相手も恐らく魔法を使える、魔法で聞き出そうとするのは悪手だろう。警戒されて聞けるものも聞けなくなってしまう。

 それに、相手の方が格上である可能性は常に考えておくべきだろう。戦場では慢心した者から死んでいくのだ。


「あなた、妖怪とか化け物が見えたことは?」

「ないけど。」


 そう、やっぱり見込み違いだったみたいね。と言って彼女は夕闇に消えていった。


 妖怪?化け物?疑問は残るけど、考えてもしょうがない。

 変なのに絡まれたけど、まあ帰りますかっ。推しが待ってるからね。













「ただいまー。」


「……ッ香織?」

「うん、お母さんただいま。」


 幽霊でも見たような顔をするお母さん。実際何年も行方不明だったんだから、いくら生死不明でも察するよね。


「香織ッ!」


 お母さんはわたしを強く抱きしめて泣いていた。あー、懐かしい匂い、お母さんの匂いだ、柔らかい清潔なお日様の匂い。


「ただいま、お母さん。」


 気づいたらわたしの目尻にも涙が溜まっていたが、今は気づかない振りをして、何度もお母さんとお互いを確かめ合った。

 わたしはシアンのおかげで今ここにいる。シアンと別れて、シアンを置いて、シアンの気持ちを知っていてわたしはここにいる。


 その日の晩ご飯がわたしの大好物のオムライスだったのはお母さんの気遣いだったのだろう。


 その後、家族からも色々と聞かれたが異世界についてもシアンについても話すことはなかった。













 ~翌日の朝~


「あー、尊い。」


 目の下に隈を作った顔でありながら、恍惚といった表情で、誰かが見ていたら恐怖に震え上がるほどの迫力があった。


 最近、異世界暮らしで生活リズムが健康的に過ぎたと思っていたが、長年付き合ったリズムはすぐに調子を取り戻して朝方まで懐かしのアニメで回せてしまった。


「もう朝か、……シアンでも描くか。」


 今の香織の推しはシアンなのだ、せっかくならシアンのイラストぐらい欲しいものだ。見た目を知ってるのは自分だけ、仲のいいイラストレーターは知り合いにいない。

 しかし、香織はオタクらしく自分でも絵は描くのだ。クオリティは一流には劣るかもしれないが、別に人に見せるものじゃない。自己満足のイラストだ。


「あっ、そうだ。」


 香織は何を思い付いたか、カメラを手に取った。コスプレの写真を撮るために買ったカメラ、少し背伸びして一眼レフなんて買ってしまったけど使いこなせるようになるまでかなりかかってしまった。


「さて、光魔法『投影』」


 魔力が目の前に集まり少しずつ形を作っていく。魔力で形作られたのは、少し明るい色をしたシアン。本物と瓜二つな姿に惚れ惚れする。

 それをすかさずカメラに収める香織。


「よしっ!これを見本にしよう。」


 魔法はイメージが基礎になっている。よって、記憶の中の人物や風景を光魔法として空中に映すことが可能なのだ。

 しかし、記憶は劣化する。それを防ぐため、香織は写真という現代の道具に保存することにしたのだ。


「うん、いい出来だ。」


 すかさず思い付く限りの保存媒体にコピーしていく香織。過剰なくらいがちょうどいいという性格が香織をそうさせたのだろう。


「じゃあ、さっそく。」


 人間、好きなものほど上達が早い。香織も例に漏れず、大好きなアニメ、イラストの模写をやっていた。

 さらにそこに推しというパワーが加わって、驚くべき速度で香織の絵は上達していった。


「上出来。」


 喉が渇いたので冷蔵庫まで飲み物を取りに行く。取り出すのは体に平和を届ける乳酸菌飲料だ。


 彼女はこの後思い付きでちょっとした話を書き始める。もし自分があのとき帰らず、シアンと一緒にいたらどうなっていたのだろうかと思い、ウェブ小説サイトに童話のようにして小説を上げたのだ。

 タイトルは、『凍る心とポンコツ勇者』


 あのまま一緒にいたなら、香織にはシアンの心の傷を癒せただろうか?それはもしもの話。あったかもしれない、しかしもう起こり得ない話だ。













―――シアン、わたしは忘れないよ。―――













『凍る心とポンコツ勇者』


 ――あるところのあるもりに、こころをこおらせたひとりのしょうじょがいました。


 しょうじょはひとりでした、でもしょうじょのもとにはたくさんのどうぶつたちがくるので、さみしくはありませんでした。


 しかし、どれだけどうぶつたちがよりそってもしょうじょのこころはとけることがありませんでした――


 ――あるひ、しょうじょがすむもりにゆうしゃのおんなのこがやってきました。


 ゆうしゃは、さがしものをしています。しかし、みつかりそうにはありませんでした。


 しょうじょは、かわいそうになりてつだってあげることにしました――


 ――しょうじょとおんなのこは、ふたりでさがしものをしました。


 でも、さがしものはみつかりません。

 しょうじょがいいます。「なにをさがしているの?」


 おんなのこはこたえました。「かえりかたをさがしているの。」と


 おんなのこはおうちにかえりたかったのです。


 しかし、しょうじょはおんなのこをおうちにかえしたくはありませんでした。


 しょうじょは、おんなのこがいるあいだ、とてもたのしかったのです――


 ――しょうじょは、たくさんなやみ、たくさんまよいました。


 でも、しょうじょがえらんだのはおんなのこをかえさないことでした。


 しょうじょはおんなのこのさがしものをしっていました。だけど、おんなのこにおしえようとはしませんでした。


 それから、ながいじかんをしょうじょといっしょにすごしたおんなのこは、だんだんとかえれなくてもいいとおもうようになりました――


 ――しょうじょは、おんなのこにうちあけました。「わたしはあなたとおなじにんげんじゃない。」と


 しょうじょは、おんなのこにきらわれたくなくてずっとかくしていました。でも、かくしているとむねがきゅー、とくるしくなるのです。


 うちあけたしょうじょを、おんなのこはやさしくだきしめました。


 ゆっくりゆっくりあたまをなでながら、「だいじょうぶだよ。」となんどもこえをかけました――


 ――それからふたりは、いろんなことをしました。


 もりでどうぶつたちとあそんだり、いずみでみずをかけあったり、まちにくりだしていたずらしたり、


 おんなのことあそんでいるうちに、しょうじょのこころはだんだんとけていきました。


 とけたこころからは、いろんなおもいがあふれてきます。


 それはあたたかいはるのようなぬくもりでした――


 ――それからもふたりは、たのしくまいにちをすごしました。


 おしまい―――

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