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凍心の竜  作者: Fin
7/73

54.15[K]~Oxygen freezes at 54.15 Kelvin~

これで第1章終わり。

第1章テーマ

【世界と愛を知る】

 あれから数日、森で出会った彼女と僕はそのまま森を探索している。

 僕の魔法でいつでも都市部に戻れるということで彼女が持ってきていた食糧を使いきるまでは探索することになったのだ。


「ねえ、僕っ娘ちゃんは名前ないの?」

「……ない、……ですよ。」

「えっ!?本当に?」


 探索しているうちに少女は出会った頃よりもかなり僕に打ち解けるようになっていたが、僕の方は中々距離をつかめずにいた。

 別に仲良くしたくないとかそういうんじゃない。単に怖いのだ、また裏切られてしまうのが怖くて、あまり踏み込ませたくなくて僕から距離を詰めれなくなっているのだ。


 だが、確かに名前が無いのは色々と不便だとは思う。あの神様なら、気を利かせた名前をつけてくれているかと思っていたのに。

 お墓もあったし、名前をつけるならこの世界で、ってことかな。


「そっかぁ、名前ないんだー。何て呼ぼうか。」

「……今まで通り、……君、…とか、……あなた、…とか?」


 今のところは名前が無くてもそこまで問題じゃない。ここにいるのは僕と少女だけだからだ。


「えー、それじゃわたしが嫌だもん。」

「……僕は、……構いませんよ。」

「わたしが 構 う の!」


 そこまで言われても、無いものはない。名前で呼ぶことにそんなにメリットはないと思うが。

 そんな思いが漏れていたのかも知れない。


「仲がよくなったら名前で呼び会うのは普通でしょ。」

「……僕、……あなたの名前、……知らない、……よ?」


 ガーン、という音が聞こえてきそうなぐらいに暗い空気を纏った少女。


「そういえばそうだった。わたし、香織。樫木香織、カオリでいいよ。」


 樫木香織?日本名なの?似てるだけかな。ここは異世界だし似てる文化とかあってもおかしくはないよね。


「……じゃあ、……カオリさんで。」

「カオリ。」


 さすがにまだ会って数日で呼び捨ては出来ない。誰になんと言われようと、むしろ本人に言われようとそれは出来ない。


「……いや、……カオリさんで。」

「カ オ リ!」


 すみません嘘です。圧力に負けました。正直怖かったです。


「……分かった、……カ、カオリ。」

「よしっ。あらためてよろしくっ!」


 僕と彼女はそうして、握手をした。僕の握った手を見ながらムフフと笑っていたのは何でだったのか。

 でも、なんだか暖かい気持ちになった。前世では知らなかった気持ち、幸せな感情。カオリは裏切らないって信用出来る。なぜだか分からないけどそう思えるように感じた。




「それで、あなたの名前はどうするの。」

「……えっと、……保留で。」


 はぁ、とため息一つ吐いたカオリは、まあいいわ、と言って腰に手を当てた。


「わたしがつけてあげるから、期待しといてねっ。」














「はぁ、はぁ、どこにいるんだ香織。俺が来たぞ、俺の香織。」


 息を切らしながら不安定な森の地面を踏む男。その姿はまるで幽鬼のようで、血色の良かった肌は白く、頬は痩け目は落ち窪み、焦点の合わない虚ろな瞳で譫言を吐いている。


 彼はスレバレリエロ大魔法帝国の勇者である。しかし、そう言われても信じる者はそういないだろう。それほどに姿が変わってしまっているのだ。


 彼、都宮海人は同じ異世界人の樫木香織を探して森に向かったのだ。そして当然のことながら森に入って行こうとした。

 だが彼では実力が足りなかった。心も弱かった。

 彼は、森にすらたどり着いていない。森の最外縁には森からの魔力を吸って育った豊かな森が広がっている。

 この森は″森″とは違い果実もあり、食糧には困らないほどなのだが、やはり他の場所よりも漂う魔力が多く、集まる魔物も自然と強力なものになってしまっているのだ。

 いくら能力的に優遇されている異世界からの勇者といっても厳しいものがあった。


 この森の魔物達は、縄張り意識が強い。それは奥の森から来る強者達から身を守るために適応してきた本能だ。移動を繰り返し、はぐれるような種族では森から来る強者達のいい餌でしかない訳だ。

 それゆえ、この森の魔物達は自分の縄張りで採取するものを許さない。誰だって自分の食事をとられていい気分にはならないだろう。


 ここはベテラン用の採取場所になっているが、それは素人ではまず採取などままならないからなのだ。この森を()()()()()者達はまず見つかるような行動をしない。見つかれば勝ち目がないことを知っているからだ。


 しかし、この勇者は何も知らなかった。森が危険ぐらいのつもりで来ていたのだから。

 当然、すぐに魔物の襲撃を受けた。勇者というくらいだ、そこまで弱いという訳ではない。

 彼は勝ててしまった、そのまま進めてしまったのだ。もう戻れないところまで。


 森は奥に進めば進むほど魔物の強さが増していく。しかし、何事にも例外がある。

 この時、奥から森の魔物、つまりは格の違う魔物達が外縁部に流れこみ、最も危険な地域が外側に広がっていたのだ。通常時なら彼でも簡単に魔物を切り伏せながら進むことが出来ただろう、だが今は彼には厳しすぎる状況だった。


 もう彼には頭上の果実を取る力すらない。ただ、同郷の者の名前を呼び続けるだけだ。


 彼は気づいていないが、この森は地面に接する全てのものから魔力を吸収する。逆に地中にいるものには魔力を放出するのだ。だから、ここで採取を行うときは樹上で眠り、極力地面につかないように進むのだ。

 これはある程度の冒険者ならば誰でも知っている事なのだが、彼は知らなかった。周りの誰も彼に教えなかった訳ではない。ただ彼が耳を傾けなかっただけのこと。


 彼の魔力は時間を経るごとに森自体に吸われていく。魔力がつきれば人間などの脆弱な生き物は意識を失う。

 こんな場所で気絶などすれば、二度と目覚めることはないだろう。


 ここでは魔力は、命の砂時計だ。













「陛下、森の魔力が消滅したようです。」

「そうか、報告ありがとう。」


 ここは、ウォレリアス王国 王都ヴォロニス。その中心にある巨大な建造物、つまり城だ。

 その中でも限られた者しか入ることを許されない国王の執務室。


 部屋の主は一国の王というにはまだ年若い男、この男こそウォレリアス王国、国王アンペール・リ・ルーテル・ウォレリアスその人である。


 報告をしたのは、近衛騎士団長レジスオーム。平民から実力で騎士団長にまで上り詰めた豪傑で、民衆の英雄である。


「ふむ、森の魔力か……死んだと思うか?」

「それはないかと思います。あれほどの強者を討ち取ったならば、その戦闘の余波くらいは観測できる筈ですから。」

「そうか……であれば。」


 であれば、あれほどの魔力を持つ何かが魔力を隠蔽できる程の知能を持っていることになる。

 大半の魔物は知能が低く、魔力を隠すことをしない。時々隠密に特化した魔物が魔力の隠蔽を習得することはあるが、それも知能の高い魔物だ。そもそも、魔力を持つ魔物は強く、研究が進んでいないこともあり、確かなことは分かっていないのが現状なのであるが。


 人類も知能の上昇と共に魔力の隠蔽を覚えていく。一般に魔力は、その総量が多いほど制御が難しい。そして制御能力はその者の知能に依存する。

 よって幼少の頃は魔力制御が難しく、度々暴発させることもある。これは魔力暴走や魔力湧出と呼ばれ、制御できない量の魔力を体外に出す体の防衛機能だと言われているのだ。

 稀にこの機能が滞ることがある。この時高熱と体のだるさ、寒気が起こり、風邪に似たような状態になる。その症状から魔力熱と言われているが、あまりに風邪と似ているため風邪と思い寝かせていたら魔力が飽和して息子が死んでいたなんて話には事欠かない。


 つまり、あの強大な魔力の主は人間と同様もしくは人間以上の知能を持っているということになる。


「対策のしようはない、か。」


 苦虫を噛み潰したような顔をする両者。人類にはどうにもならない実力差がそこにはあった。


「この話はよそう、考えても意味のないことは考えない方がいいだろうからな。」

「はい。おっしゃる通りですね。」


 この切り替えの早さは王族には必須の技術だろう。どれだけ機嫌が悪く、どれだけ嫌いな相手でも笑顔で接しなければならないことは多いのだ。


「スレバレリエロの勇者はその後どうだ?」

「はい、どうも肩書きを捨てて冒険者になろうとしているようです。今ではトリオまでランクを上げたようで、ギルドの有望株だそうですよ。」

「それはよかった、スレバレリエロとの繋がりは無さそうなのだな?」

「はい、影すらついていないようです。」

「そうか。」


 彼の憎き帝国に一泡吹かせるには中々使えそうな人物である。しかし、彼がこの王に従うかは分からないことだ。


「一度会っておくべきだな。」

「喚びますか?」


「いや、よい。いずれ余から出向こう。」


 頼み事をするならば誠意を見せるのが当然のことだろう。ならば此方に来させるのは相手に失礼だ。ならばこの重い腰を上げよう、その価値があれにはある。そうアンペールは思ったのだった。













「……ねぇ、……カオリの探し物って、……何?」


 何だかんだで聞く機会がなかったことではあるがここに来て気になり出した。目的も分からず歩き回るのは楽しいことではない。

 たまには少し休憩するのもいいだろう。


「それは………」


 急に口ごもるカオリ、言いづらいことなのだろうか。もしそうなら無理して聞くこともないだろう。


「……言いづらいなら、……聞かない。」

「いいえ、聞いてもらいたいわ。」


「……分かった、……聞く。」


 どうやら言いづらいが言えないほどではないことのようだ。僕に手伝えることならいいんだけど。


「わたしは、世界を渡る方法を探しているの。」

「……世界を、……どうして?」


 世界を渡る方法を探しているというが、世界を渡ったところで何がしたいんだろうか。危ないことなら止めたいし、世界を渡るくらいなら多分僕にもできる。


「わたしは異世界から来たの。」

「……異世界?」


 同じ異世界人だったとは、驚きだ。しかし何故この世界に今はいるんだろうか。


「わたしたちはこの世界とは違う世界で学校に行ってたの、その時突然こっちに連れてこられて。」

「……召喚、……魔法。」

「そう、大魔法帝国の勇者召喚魔法。わたしたちを召喚するのに何人殺したか知ってる?」


 知らない、なんて軽々しく言えない何かがそこにはあった。僕は押し黙るしかない。

 どうやらカオリは大魔法帝国とやらに勇者として召喚されたらしい。大魔法帝国に魔王みたいなものがいたってことかな。まさか国の戦力の為に召喚なんてしないよね。


「あの国はね、わたしたち四人を召喚するために一つの都市をまるごと生け贄に捧げたそうよ。しかもその都市に住む人達には何も知らせずに。」

「………」

「あの国が召喚したのは魔物が沢山襲ってきたから、なんだって。わたしたちが聞いたのは戦いが終わってからだった。」


 重いな。


 重いよ。背負ってる命が重すぎる。


 カオリはそう溢してまた歩き始めた。僕はその背を追いながら、カオリの境遇を自分のそれに重ねていた。


「暗い話はここまでっ。ねっ、帰りたいのは当然でしょ。」

「……うん、………そうだね。」


「じゃあ、あなたの名前つけちゃいましょ。ずっと考えてたの。」

「……名前、……楽しみ。」


 誰かが僕の為に考えてくれるのなんてはじめてのことだ。嬉しくない訳がないし、楽しみにしない訳がない。


「シアン、あなたの名前はシアン。」

「……シアン、……僕の、………名前。」

「そう、いくつか悩んだけどやっぱり最初に見たあなたのその瞳の色を忘れられなくて、知ってる?シアンは色の名前なの。」


 シアン……水色に近い青緑色。僕の瞳の色。


「……ありがと。……大事な、……僕の名前。……嬉しい。」


 嬉しいなっ、これから僕はシアンだ。僕の名前はシアンだ。


 カオリは僕に素直にお礼を言われて照れているようだが、そんな姿も可愛らしく見える。

 カオリと一緒にいたいなぁ、ずっと。でも、カオリは元の世界に帰りたいのだ、一緒にはいられないのだろう。


「……カオリ、」

「なに?シアン。」


 名前を呼ばれて喜びが駆け巡るが、今は真剣に話すときだ。今から僕はカオリに選択を問う、カオリに決めてもらわないといけない。


「……僕は、……帰る方法、……知ってる。」

「ホントに!?」


 こっくり、と頷く僕。カオリの言っている異世界とは僕の知っている世界と同じものなのだろうから。

 他の世界だったら僕は帰すことができなかっただろう。世界のイメージができないと世界を繋げることができないからだ。

 でも、元の世界。つまり、地球ならば景色も知っているし、イメージもできる、できてしまう。

 カオリは恐らく日本人だ、名前からもその漆黒の髪色からも分かる。僕っ娘なんて言葉、日本にしかないだろうしね。


「……カオリは、……日本人、……だよね。」

「えっ!?なんでそれを!」

「……僕も、……だから。」


 初めて会ったのが日本人とは、異世界情緒のないことだね。でもよかった、この世界の人とだったら緊張して喋ることできなかったよ。


「シアンも日本人?」

「……僕は、……元だけど、……ね。」

「じゃあ、どうして今はそんな姿に?」


 そんな姿とはこの日本人離れした身体のことなのだろう。でもまあ、この身体は神様お手製だし、神様の趣味全開だから。


「……僕は、……転移、……じゃない。……転生、……だよ。」


「じゃ、じゃあ一度死んで……」


「……そうだよ、……僕は、………殺された。」


 でも、僕は満足してるんだ。恐かったし苦しかったけど、後悔はしてない。だから泣かないでよ、カオリ。


 カオリの頬に触れた僕の指に涙が零れる。


「……泣かないで、……カオリ。」

「んうぅ、だってぇ。わた、しより、シアンの、ほうが、つらかっ、たのに、シアンやさ、しいから。」


 拭っても拭っても溢れる涙を止めてあげたいけれど、僕にはその方法は思いつかない。だから、ただ優しく頭を撫でてあげるのだ。昔、顔も忘れた誰かが僕にしてくれたように。


「撫でないでよ、バカシアン。」

「……ごめん、……他に方法、……知らなくて。」


 慌てて手を離す。

 確かに撫でられるのをいやがる人もいるのだ、突然撫でられたら誰だって嫌だろう。不謹慎だったなと反省。


「……て。」

「……え?」

「もうちょっとだけ撫でてて。」


 よかったぁ、撫でられるの嫌じゃなかったみたいだ。


「……分かった、……まだ撫でる。」


 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で。


「長いっ!」

「……ごめん、……つい。……さわり心地、……よかったから。」

「ッッ!?そういうことを言うな!」


 ぽこぽこと殴られても全く痛くないしむしろその手から親愛の情を感じて嬉しくなる。

 これが前世で知ることができなかった愛なのだと分かる。この感情に浸っていたいけれどカオリは元の世界に帰りたいのだ、僕もカオリは帰った方が幸せだと思う。


「……日本なら、……僕が帰せるよ。」


「帰れる。」

「……うん。……どうする?」


 心のどこかで帰ってほしくない、帰らないでと思う。だけど、僕が引き留めてしまうのはなんか違う。カオリの意思で決めて欲しい。


「わたし、帰るよ。シアンといるのは楽しそうだけど、わたしは向こうに大事な人を置いてきてるから。」

「……そっかぁ、……分かった。」


 泣くのは後だ。カオリが帰ってからでいい。


「……じゃあ、……繋ぐよ。」


 帰すなら今すぐ、僕の決意が揺らぐ前だ。魔力を集め、魔法を組み立てる。今まで使ってた適当な魔法じゃない、丁寧に組み上げられた芸術のような魔方陣。世界を渡るのはそれだけの難易度があるものなのだ。


「帰る前に一ついい?シアン。」

「……ん、……なに?」



「今日からシアンが、わたしの()()だから。」

「……どういう、…こと?」


 おし?押し、惜し、推し?


「あちゃあ、非オタだったか。なんでもないよ!元気で。」


 よくわからないけどもうすぐ魔法が組上がる。魔方陣が光を放ち、世界の法則をねじ曲げ世界と世界を繋げる。見た目は黒い穴だが、この向こうはもう日本だ。


「……ここから、……行く。」

「分かった。ありがとう、シアン。わたしの逢いたい人(推しキャラ)のもとに帰してくれて。」


 じゃあ、と手を振りお別れだ。世界が違うのだ、もう会うことはないだろう。


「元気でね、シアン。楽しかったよ。」

「……僕も、……楽しかった。」


 その言葉を最後に闇に吸い込まれるようにカオリは黒い穴に消えた。

 その後、役目を終えた魔法が効果を止め空間の穴も閉じていった。


《称号を入手しました。》by神(笑)






Title:――――見送る者(カオリの推し)――――

勇者、海人のステータス


Name:カイト ミヤコノミヤ

Type:人類種 人類 male

Level:45

Skill:《剣術6》《体術5》《火魔法5》・・・

Title:異世界人 臆病者 勘違い野郎(神によって不可視化)・・・

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