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凍心の竜  作者: Fin
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N/A[K]~Aware-Recrystallization~

 目の前に広がるのは、数々の猛者たちに絶望を見せてきた場所。通称、森。


 その外縁部。必死に醜悪窮まる魔物から逃げている少女が一人。


 何度も呼吸が聞こえるほどに近付かれては、その度に幸運に恵まれる。

 だが、再び息遣いが聞こえてくる。振り向くな、走れ、と自分に言い聞かせているが、疲労が溜まり鈍くなった身体は冷静な判断をさせてはくれない。

 もうすぐそこまで迫っている魔物だが、少女を玩具とでも思っているのかなかなか攻撃はしない。


 少女の疲労は限界に達しようとしていた。極限まで使用した脚が、いつ踏み外してもおかしくないという状況だった。

 次の瞬間、視界が揺らぎ地面が近付く。酷使した脚が地面をとらえ損ねたのだ。


 魔物は、ゆっくりと自覚を誘うように近づいていった。狙い通り少女が状況を理解し、恐怖する姿を見て魔物は嗤い声をあげていた。













 どうしてこうなった。

―――身の丈に会わない″森″に入ったからだ。


 どうしてわたしはここにいる。

―――帰りたかったから。逢いたい人がいたから。


 どうしてわたしだったっ。

―――知らない!知りたくもないッ!


 どうして帰れない!

―――方法がないから。


「違うッ!」


 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


 無限にも感じる時間を溢れる激情の否定に費やしていく。どうせもう出来ることなど残っていない。


 帰れないなんて、誰が決めた!?方法がないなんて、誰が決めたッ!?


 誰が諦めたッ!?


 諦めたのは……




「わたしだ……。」


 諦念に埋め尽くされた心にはもうなんの揺らぎもない。魔物からしたら、とっておきのオモチャが壊れてしまったようなものだ。

 そんなつまらないこと魔物は許そうとはしなかった。

 絶妙な力加減で殴る蹴るの暴行を加え続ける魔物。痛みに呻く少女を見て、まだ遊べるのだとはしゃぎ、殴る拳に力が入る。


「……ッぐ!?」


―――ギャッ?グギャアギグゴー。












 深い森の中、空気を切り裂くような叫び声が木霊する。

 本能が発する警鐘に反応した身体が、最後の力を振り絞り喉を震わせる。


 死にたくない。その一心で出されたその本来誰にも届かないはずだった声は、なんの因果かある者の耳まで届いた。


 それは、少女がこの世界に呼び出される原因となった者。そして、今も少女が危機に瀕する原因を作った者。


 その者は、突然少女と魔物の間に躍り出た。














「……(人だ、何話せば……)」


 叫び声の主の元に来たはいいが、いざそのときとなったら何て言えばいいのか分からなくなってしまった。


 とりあえず傷が痛そうだ、治してあげよう。


「……傷、……治して。」


 魔力が傷口に吸い込まれて優しい光を放つ。ホントに魔法は万能だ、きっと前世じゃ治せない怪我も治せてしまうだろう。

 しゅわしゅわと音をたてて傷が塞がっていく。


 こうして傷を治している間にもモンスターは間合いを図っているようだ。


―――グギャア、(隙がねェ、)


 しかし、攻められない。隠蔽しても滲み出る強者の雰囲気が、足を踏み出すのを躊躇わせている。


「あの、……あなたは?」


 おずおずと少女が質問してきた。

 何答えたらいいのか分かんないよ。どうしよう、聞いちゃいけないこと聞いたみたいな反応してる。


「…………」


 えっと、えっと、どうしよう。言葉が見つからない、呼吸が浅くなる、息が吸えない、心臓がうるさい、変な汗出てきた。


「ごめんなさい、答えたくないなら答えなくても……」

「……いや、………そういう訳、……じゃない。」


 ギャーッ!?初めて会話したよ!会話でいいんだよね。喋っても殴られないよね。


「あのぉ……あれ、どうにかしませんか。」


 そう言って向こうを指差す少女。その指す先には無視されて怒り心頭なモンスターが今にも飛びかかりそうにしている。


「……え?……どうしたら。」


 モンスターをどうにかするなんて分からないよ。逃げたことしかないもん。

 そんなこと考えなんてモンスターには関係ないようで、むしろ怒りで挑んでいいものと挑んではいけないものの判断もつかなくなってしまったのかといった感じで、フシューッと息を吐きながら興奮している。


「魔法、魔法は使えないの!?」


 魔法、使えるけど死んじゃわないかな……?

 殺さないように対処するには、逃げる?


「……逃げる、……ついてくる。」


 有無を言わせず少女の腕をとり、魔法を使って少女を守護しながら全力で走る。

 辺りは衝撃波で酷いことになっていくが、この森のモンスターがこの程度で傷つかないことは知っている。この程度で傷ついていては生き残れないのをよく見かけたから。

 でっかいモンスターが通るだけで怪我してちゃ生き残れないのは当然で、そんなのが水か何かのように湧いてでるこの森ではそういったことの対処は大前提だ。


 小さいからだでも各自様々な工夫をして生き残る姿は、見ていて飽きないエンターテイメントみたいなものだった。変化のない森に時々やってくるサーカスみたいな感じだ。


 体に植物の根を纏って転がり、衝撃波を逃がすモンスター。魔力を使い風を纏って衝撃波を相殺するモンスター。さらには己の拳で相殺する豪の者もいたりした。

 それぞれがそれぞれの方法で森に順応していった様が思い浮かぶようだ。


 しかし、今僕が腕をとっている少女からはそれら森のモンスター達特有の()()()が感じられなかった。

 つまり、彼女は恐らく衝撃波で死ぬ。


 だから守る必要があった。


「っわぁーッ!?」


 目まぐるしく変わる景色に目を瞬かせながら、僕の頼りない腕にしがみつく少女。

 彼女は、僕が手を離した瞬間に死ぬ。そんな状況だからこそ、僕は冷静を装うことができている。

 きっと、危機が去ったときには僕はまた彼女から距離を取るだろう。

 もうモンスターは追ってきていない。追い付けるスピードではなかったから大丈夫だとは思うけど、別のモンスターが出ないとも限らない。早く森を出るべきだと思う。


 そう考えたのも当然だろう。ここは()()()に適さない。


 それは、モンスターの強さだけじゃない。そんなものはこの森の恐ろしさの一端でしかない。この森は生き物の生存に必要な物がほとんどない。つまり食糧を使いきる=おしまいということだ。これこそこの森の本当の恐ろしさで、本質だ。

 僕が歩いて来た道には同じ景色に見えるほど″木″しかない。そう、木しかないのだ。

 この森の木々には果実が実ることがない。これは草食動物の全滅を意味する。いかに精強なモンスターであっても、それが生物であるかぎり食糧は必須だ。しかし、この森にはそれらが少なすぎる。

 あるのは他のモンスターと、同種だけ。


 果実が実ることがないということは、種子がないということだ。それなのに果実を実らせずどうやって森を広げているのか、というと。実は簡単なことで、森は広がってはいないのだ。

 そもそもここは森ではない。

 地中奥深くで繋がっている一本の木。それがこの森の正体だ。


 つまり、この森は巨大な一本の食肉植物という訳だ。自分の上で死んだものの魔力を吸収し、成長に使う。そんな簡単なシステムで今も森を広げ続けている。


 そして、そのシステムによって森には魔力が溜まる。そのため、魔力に惹かれてやってくるモンスターも多いという訳だ。

 魔力が濃い場所はモンスターにとって非常に心地よいらしく、好みの場所を見つければそこを縄張りとし、骨を埋める者も少なくない程だ。

 森は他にはないほどの濃い魔力を纏っている。つまりモンスターにとって最高の場所であったということなのだ。当然モンスター同士の縄張り争いは他所より激しい。


 その戦いの中でモンスター達は、進化し、戦いを洗練していった。逆に、激しい生存競争に敗北し淘汰されていったモンスターも多く存在したのだろう。


 こういったものがこの森の本質。あまりに生きづらい環境、激しい生存競争、()()()()()モンスター達。

 どうしようもない程にこの森は、弱者に厳しい場所だった。



「……森、……出る。……街、…どっち?」


「え?」


 森を出るだけじゃ彼女を街まで送ることができない。森はかなり広いから違う国に出てしまったら生涯彼女の故郷に帰れなくなるかもしれない。


「………生まれた街、……教える。」

「待って!」


 僕に腕をとられながらももう片方の手で僕にしがみつく。その顔には焦りと若干の悲壮感が滲んでいた。

 それを見た僕は思わず立ち止まる。


「……待って。まだ戻れないの。」


 戻れない?街に?


「……この森、………危ない。」

「知ってるッ!分かってるッ!それでも……」


 この森の危険性を分かっててそれでも行くのか。少女の力じゃ生き残れる場所じゃない、今まで森で人を見たことがないのがいい証拠だ。

 ここで人間は生きることができないのだから。

 僕は知らず知らずのうちに彼女を掴む手に力が入っているのに気づいた。死ににいく人をほっとける訳がない、一度死んでいる人間なめんな。


「……だめ、……死んじゃう。」


「……分かってる、だけどもうここにしか……」

「……森に、……何かあるの?」

「分からない。ここ以外にはどこにもなかったから……」


 一体何を探してここに来てるんだ、分かんないよ。この森にあるのは巨大な一本の木とモンスターだけなんだ、この少女には森のモンスターを倒すことは出来ないだろうからモンスターに用はないはずだ。


「……この森には、……何もない、………よ?」

「そんなはずないッ!」

「……でも。」

「わたしはまだ探してないッ!」


 どうしたら、いいの?

 せっかく会えたのに見殺しにする?でも彼女は聞いてくれないよ。

 助けられる命を助けず後悔する?もう諦めようよ、見捨てて街にいこう。




 ()()、後悔する?




「……嫌だ、…………もう見捨てない。」


 彼女の手を取り直し、引き寄せる。近くなった顔を見つめ、伝わるように、伝えられるようにまっすぐ見つめる。


「……君に、………君に何が出来るの?」


 希望があるなら諦めさせろ。夢を見てるなら壊してやれ。まだ足掻くなら絶望を見せてやれ。どれだけやっても死ななきゃ安い、生きていれば出来ることがあるはずだ。


「ッわたしは、ただッ!」

「……死ぬことしか、……出来ないよ。」


 欠片程の希望も残しちゃいけない。光は人を脆くする。何で忘れてた、光なんて恵まれたものの為だけにあるものだったじゃないか。

 僕に差した光はいつだって幻想だった。そして脆くなった僕は簡単に折れてしまったんだ。

 今、目の前で泣く少女を見て思い出した。




 だから僕はもう間違えない。光を差すなら最後まで差さなくちゃ。


「……僕が、………僕が、……守るよ。」

「ッ!?」


 脆くなっても僕が守ればいい。今の僕にはその力がある。神様からもらった貰い物の力だけど、人を助けるのに使ってもバチは当たらないだろう。


 だから、


「……だから、……僕に守らせて、……くれないかな?」


「……おねがぃ。」

「……うん。」

「わたしを、助けてっ。」


 君の心は救えなくても、僕は守ることが出来る。か細くても助けを求めるその声に応えない訳にはいかないだろう。


 例え自分が救われなくても、人を救うことは出来るはずだ。


「……もちろん、……助けるよ。」















「行ったか、いや、逝ったかかな。」


 勇者殿は、力を持った子供だったよ。国に残られても害悪にしかならないような幼すぎる精神だった。

 かといって私には彼を処分することは出来なかったのだよ。なにせ国民から慕われていたからな、殺すのは悪手だった。

 下手に革命でも起こされると厄介だからな。


 今回は本当に都合がいい。嬉しくて小躍りしたよ。勝手に死にに行ってくれるのだ、見送りぐらいは盛大にしてやろうと思って私の給金からパレード代を出してやった程だ。


 ああ、これで勇者は残り一人か。彼はどこに行ったのだろうか、彼となら上手くやれたと思うのだがな。


「フンッ!」


 所詮は異世界人、この世界で生き残れる()()()()はありはしない。


 国の庇護もなしにどうやって生きるつもりだったのか、甚だ理解出来ない。


 都宮海人

 樫木香織

 織離唯十

 有生ひより


 だったか?

 愚かなものだ、ユイト オリ。


 いや、他の自殺志願者よりはましだったな。

 ヒヨリ アリュウ、自殺未遂で昏睡状態。国民には戦いの疲れからだと説明したが、どうしようもない阿呆だな。

 カオリ カシキ、″森″に単独で侵入。まあ、今頃食われてるんじゃないか?勝手に死んでくれる分には問題ないが。

 カイト ミヤコノミヤ、こいつは救いようがなかった。あのまま国に残られていたら見せかけの王にでも担ぎ上げられていただろうな。馬鹿は扱いが容易だ。


 これで国も混乱するだろうな。ちょうどいい、混乱に乗じて不利益な奴等をまとめて粛清するとしよう。













「おいッ、ユイト!」

「なんだよオッサン。」


 ここは冒険者ギルド ウォレリアス王国 王都ヴォロニス、第三支部


「オッサンはやめろと言ってるだろう。」

「うっせぇ。で、なんか用だろ?」


 話しているのは珍しい黒髪黒目の小柄な青年とはち切れそうな筋肉の髭がチャーミングな大男。

 青年は最近いい噂を聞かないスレバレリエロ大魔法帝国から流れてきた冒険者で、最初は帝国からの流れということで邪険にされていた。

 だが、腕はいい。討伐をやらせれば負けはない上に、採取をやらせても丁寧だ。実力主義の冒険者だ、すぐに受け入れられた。


「おうっ、ランクアップ試験来たぞ!」

「マジかっ。いつ出来る?」

「今日だ、今すぐやってけッ!」

「うおっしゃあ!ランクアップだ。」


 ギルドでは冒険者を単純な強さ、判断力、対応力の総合でランク分けされている。

 ランクは上から、5重剣(クインテット)4重剣(カルテット)3重剣(トリオ)2重剣(デュオ)単剣(ソロ)の五つで分けられており、ユイトは下から2番目のデュオだ。

 デュオになると冒険者は一人前になったと認められるようになる。

 ソロの時にその冒険者の人間性を調べ、ランクアップさせ、デュオの時には総合的な強さを調べ、ランクアップさせている。


 今回は直接試験官と戦って、試験官の感想を基に合否を決定する。


「そして、試験官は俺だ。」


 試験官は先程から喋っていた大男、カルテットのディエゴだった。


「うおっ、マジか!カルテットかよ。」

「なんだ、不満か?」

「そんなことねぇって、オッサン。トリオじゃなくてよかったって思ってんだよ。」


 もうすでに、トリオでは相手にならないことは知っていた。このギルドに来た初日に、突っ掛かって来た冒険者がトリオだったのだから。

 ユイトはそれをテンプレよろしく返り討ちにしたのだ。


「うぉーッ、わくわくする。早くやろう!」

「分かった分かった、さっさと移動するぞ。場所はもうとってある。」














 この数十分後、ユイトはトリオになっていた。

勇者、唯人のステータス


Name:ユイト オリ

Type:人類種 人類 male

Level:76

Skill:《剣術8(短剣)》《闇魔法7》《先見眼》《回避5》《状態異常耐性5》《疲労耐性5》・・・

Title:異世界人 疲れし者 戦闘狂・・・

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