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凍心の竜  作者: Fin
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4273.15[K] ~Water direct thermal decomposition~

「……あー、……戻ってきた。」


 そこは転生直後、最初に目覚めた場所。

 あれから不眠不休だったから、もう何年も眠っていないが結局眠くなることはなく、体調すら崩すこともなかった。


 魔力の糸に引き寄せられるように森の奥まで戻ってきたが、魔力の糸は確かにそこから繋がっていて、そこに吸い込まれるように出ていっているのが分かった。

 そこにあったのは、前世では見慣れたもの。


「……お墓?」


 前世にある一般的な墓石、お盆とかにでも誰もが見たことがあるだろうそれ。寺に行けばどこの地方にも立ち並んでいるだろうもの。

 それが場違いにも異世界に置いてあった。


 その墓石の中央に向かって、いやどちらかと言えば真下に向かって魔力は吸い込まれていた。

 だけど、だからといって掘り返すのは気が引ける。そんなことする人間は前世にはまずいなかったから。


「……ここは異世界、………大丈夫、……なはず。」


 とりあえず墓石本体を力で無理やり地面から引き剥がす。とんでもない重量があるはずなのに、軽々と持ち上がっている。このまま遠くに投げることもできそうなほどだ。


 持ち上げた墓石をもとあった場所からずらして置く。ゴッ、という音がして地面が揺れたが、墓石はなんとか無事だった。

 さすがに壊すのは罰当たりだ。


「……これは、………手紙?」


 墓石をどかした先から現れたのは、一枚の封筒。土の下にあったにもかかわらず、全く汚れが付いていない不思議な封筒だ。

 中から出てきたのは当然手紙であった。シンプルに白地に黒のインクで書かれた手紙、宛先は僕。送り主は、


「……神様?」


 僕を異世界に送り出した神様からの手紙がこんな場所にあった。もしかしたら最初に来た時からずっとここにあったのかもしれない。

 最初に必要な知識が書いてある可能性もある、それこそ魔力の使い方も。


 早速読むとしよう。なにも起きない日常に変化が訪れることを神にでも祈りながら。


―――やあ少年、この手紙を呼んでいるということは無事に異世界に転生できたってことだね。


 いきなり体が変わって驚いたと思うけど、君が転生した種族は竜だ。そのなかでも神の力を受け継いだ竜神といったところだ。出来ないことはほぼないと言っていいっていう最強種族だ。

 ただ、その分制御が難しくてね。特に魔力の制御はすぐというわけにもいかないんだよ。

 だから、この手紙に触れたときに″感覚″が身に付くようにしたんだ。触れるまでは危ないから封印。知識とか教えたって制御できないから感覚。

 多分、もう使いこなせると思うよ。


 じゃあ、楽しんでね。少年。



 追伸、女の子なのは神様(わたし)の趣味だよ―――


「……神様の、……趣味。」


 神様の趣味はさておき、これで魔力が使えるようになったらしい。確かに昔から長く使っていたかのような感覚が備わったのを感じる。

 じゃあ、手始めに。


「……人間、……どこ?」


 頭の中に地図が浮かぶ。そこに映し出されたのは広大な森、そしてその先にあるいくつかの国だった。


「……遠い、………半分…。」


 何年もかけて歩いた距離が森が途切れるところまでの半分しかないことを知ってしまったことにガックシとしながらもやっと使えるようになった魔法に少しわくわくしていた。


「……魔法、……転移可能。」


 魔法を使えるようになってしまえば、何年もかかる距離だって一瞬だ。この前までの苦労はなんだったのだろうと思わずにはいられないが。

 そんなことより、やっと人間のいるところに行くことができそうなのだ。


「………いきなり街中、……不自然?」


 森の外側まで転移して歩いていった方が怪しまれずに街まで行けるだろう。

 どうせもう何年も歩いてるんだから、数日ぐらいなんてことはない。


 さあ行こう!


 その時、はらりと封筒からもう一枚紙が落ちた。


「……これも、……手紙?」


―――すみません、駄神が伝え忘れていたことを伝えます。


 まず、魔力は隠蔽することをお勧めします。魔力は周りに威圧を与えるので、街中では不便でしょうから。

 方法は隠したいと思うだけで大丈夫です。すぐにしていただければよろしいでしょう。


 次に、その世界の住人にはステータスというものがあります。大体の強さ、経験を計る指標のようなものですね。こちらは後で確認してください。

 魔力と同じ方法で隠蔽できますので、隠しておくと色々と面倒がありませんよ。


 追伸、趣味に走った駄神は絞めておきます。異世界を楽しんでください。―――


 魔力、駄々漏れでした。それでなんの動物もいないわけだ、ずっと威圧してるのがいるんだもん近づくのはよっぽどの馬鹿だけだよ。


 ステータス、あるんだぁ。前世の創作みたいだ。


「……ステータス。」


Name:――――

Type:古代神竜 Asexual

Level:error

Skill:《魔皇10》《武王10》《虚ろ10》《闘鬼10》《竜化10》《神格化――》・・・

Title:神に最も近い竜 竜神 魔を統べる皇帝 武を照らす王 闘いに見いられた鬼 過去に囚われた者・・・


 名前が空欄だ。まさに生まれ直したという訳だ。

 きっとあの墓は僕の墓だ。誰も弔うことのない僕に送られた神様からのプレゼントなのだろうと思う。


 物々しいスキルや称号ばかりだが、強いことに文句はないし、隠蔽するつもりだから問題ない。


 よし、今度こそ行こうか!


「……森の外、……行きたい。」


 魔力が渦を巻き、空間に染み込むように馴染んでいく。馴染み終えると空間を軋ませながら無理やりここと森の外縁を繋げた。

 もっとスムーズに一瞬で転移するつもりだったのに、イメージ不足だったのかもしれない。


 次は気を付けるとしよう。


「……魔力、……隠す。」


 身体の外に出ていた魔力が次々に内側に収まっていく。最後には蓋でもするかのように漏れなくなった。

 なんだか漏れなくなった分、身体が強化されたような気がするが誤差の範囲内だろう。


「……レベル、……どのくらい、……基準、………分からない。」


 スキルや称号は見せられないものばかりで、全部隠すのが妥当だと思うけどレベルはちょうどいいところが全く分からない。あまり低くて嘗められるのは嫌だし……


「……まあ、……そのときは、……そのとき。」


 とりあえず、人と会うまで気にせず行くことにする。出会ったときに大体の平均でも聞けばいいかな。


 森の中を歩く、歩く。最初の頃は踏み外したり蔓に足を取られたりしていたけど、今となっては慣れたものでしっかり不安定な足場を捉えている。


 歩きながらも少し上がった身体能力を確認していく。それも、生まれ変わったときのギャップに比べれば大したことはなくすぐに同じパフォーマンスを発揮できるようになっていく。


 おっ?モンスター発見。

 見たことないモンスターだ、森の奥にはいなかった。人型だけど人間じゃないね。そうだ、ステータスを鑑定しよう。


「……情報を、………見せて。」


 ボウゥン、とすぐにモンスターの上にステータスがポップアップした。


Name:カルキ

Type:牙鬼種 male

Level:1638

Skill:《体術10》《練気10》《爆発練気10》・・・

Title:体術使い 脳筋 戦闘狂・・・


 おー、聞いたことない種族だ。前世で知ったことの中にはなかった。

 このレベルは高いのかな。分かんないなぁ。


 ただ、どう見ても近接戦闘に特化したスキル群で簡単にやられそう。

 でもまあ………













 俺は森の一部に小さいながらも縄張りを持っている牙鬼だった。続々と子分も増えて、これからって時だったんだ。


 突然、身も凍るような恐怖が俺を襲った。これは、魔力による威圧だとすぐに分かった。日頃から戦いに明け暮れて鍛えられた勘は、その成果を遺憾なく発揮し方向と大きさを俺に伝えてきた。俺はすぐに子分達を集めて逃げるように指示を出した、俺もすぐに逃げるつもりだったんだ。

 あんな威圧を放つ奴に俺たちじゃあ逆立ちしたって勝ち目がない。


 ここより森の深い方に逃げても、そこは俺たちには勝てない化け物たちが縄張りにしている。それでは逃げたところで生き残れない。

 奴等は意地でも縄張りを手放さないだろうから、逃げるなら人間が湧いている方に逃げた方がいいだろう。

 成長を諦めた人間ごときならばどれだけ群がろうとも俺の敵にはなり得ない。


 子分達はもう逃がした、あとは俺だけだ。あの得体のしれない莫大な魔力から逃げなくてはならない。

 深い森の奴等はそのプライドで逃げないだろうし、あの魔力の主にも自分から挑むだろうから、少しは俺たちが逃げる時間を稼いでくれるだろうさ。



―――確かに森の深いところに縄張りを持つ魔物達は逃げることを知らなかった。

 しかし、それは別にプライドが高くて逃げないとかそういう訳ではなく、ただ今まで逃げる必要を感じたことがないことに起因していたのだ。


 この鬼にとって不運だったのは、全く見当違いの予想をしてしまっていたことだろう。

 現にこの時、奥地の魔物達も我先にと無様に逃げ出していたのだから。


 そしてそのモンスター達は同レベル帯の魔物達を避けるように逃げていった。


 だが、考えてほしい。雑踏を歩くとき、人は人を避けて歩くだろう。自分からぶつかりに行って、出会い頭に喧嘩を売る者は少ないはずだ。

 しかし、それが虫ならどうだろうか?

 確かに優しい心を持ち全ての虫達を踏まないようにしながら歩く人も中にはいるだろう。あなたならどうするだろうか?私はこうするだろう。


 虫に生まれて数日、一年持たないその寿命でも精一杯生きて、生きていたという証拠を子孫という形で残そうとするその虫。

 彼は今日も番を求めて歩き回る。ある日、彼は黒い石で出来た地面の上を歩いていた。そこに通りかかるのは私だ。

 私は一時目の端にその虫を見止めるだろう。しかし、その直後に気にもせず私はその虫の上を通りすぎるのだ。

 そこに残るのは無惨な虫だった物の残骸ばかり。私はもう虫のことなど忘れているだろう。


 つまりはそういうこと、圧倒的な弱者と相対したとき、それを気にして歩くものはいない。

 森の奥地の魔物達もそうだった。同レベル帯の魔物達と出会えば避け、弱者がいれば踏み砕きながら進む。

 そこになんの感慨を持つこともない。翌日には忘れているだろう。


 だが、それに巻き込まれる魔物達からしたならば話は違う。

 この鬼もその巻き込まれたものたちの一人だった―――



 轟音と土煙、その向こうから放たれる強い威圧。普段ならうまく逃げる方法を考えついたかもしれない。生憎なことに先程まで森の最奥から漏れ出す圧倒的魔力から逃げることを考えていたんだ、全く予想もしていなかった魔物が今から出てきても何か出来ることなんてない。


 奴等も逃げ出すと予想できなかった俺のミスで全員死ぬ。もちろん俺も殺されるだろう。

 

 ただ、まるで生存の可能性がなくても、死がどれ程確定していようとも、決して足掻くことを止めるつもりはない。

 俺にだってプライドがない訳じゃないんだ。最後まで足掻いて、もがいて、一矢くらいは酬いなきゃ死んでも死にきれねぇから。


 それからのことはあんまり覚えていない。


 子分が死んでいくのが見えた。


 ジャックが、トニーが、ランドルが、ハリエルが、ポロラルが、ゴリウニーが、サトンガが、ナキが、ヤイクが、イワストが、ミールが、


 俺の判断ミスで死んでいった。


 俺は戦った。子分たちもそれに付き合って死んでいった。置いていけと言ったのに、死への戦いに一緒についてきちまう馬鹿野郎共。


 ホントに愛すべき馬鹿共だったんだ。


 そして、足掻いて、足掻いて、足掻いて。嵐のごとき奴等が、通りすぎるまで戦い続けた。

 気づいたら、俺は一人になっちまっていた。





 孤独りになっちまっていた。




 失って初めて俺自身がどれだけ子分共を愛していたか知った。


 失って初めてあの楽しかった時間が俺を癒していることを知った。


 失って初めて孤独の怖さを知った。


 失って初めて孤独の寂しさを知った。


 失うことなどないと思っていた。ずっと一緒にいられると思っていた。


 あいつらを失ってから、俺は強くなることだけを考えるようになっていった。強ければ守れたはずだったから。

 格上に何度も挑んだ。多数相手でも戦った。挑まれた勝負は全て受けた。


 いつか、あのときの魔物を殺すために。


 機会はすぐに訪れた。いつも通りと言い聞かせ、勝負を挑んだ。心には激情を隠しながら。

 三日間戦い続け、最後には奴の首を落とした。

 それまでの経験と合わせて上がりに上がったレベルは、1638。

 そのとき俺の心に残っていたのは空しさだけだった。


 森の深部にすら縄張りを持てるほどになったが、こんなことになんの意味があったのだろうか。

 そんなことを考えながら気づけば森の外縁部、人間の縄張りに最も近い場所。


 しかし、唐突にあの莫大な魔力が消えたことで考え事をしている余裕がなくなり、代わりにあり得ないという思いが頭を埋め尽くした。


 魔力が消えたということは、魔力の持ち主が死んだか、異常なほどの魔力制御で全く魔力を漏らさないように完全に制御するかしかない。


 しかし、そんなことはあり得ない。あれほどの魔力の持ち主が負けるなど考えたくもないことだし、完全な制御など不可能なはずだ。


 だが、そいつは気づいたときにはもう目の前にいた。

 それは可愛らしい花のような少女だった。


 だが、それはおそらく仮の姿だ。こいつは違う、俺達とは根本的に何かが違う。

 猛烈な違和感、俺をジーっと観察するように見ている。


 気持ち悪い……


 圧倒的強者からの視線。たとえそれに威圧が込められていなくても、隠しきれない強者の気配がにじみ出ていて気が気じゃない。


 少女が笑う、


 魔力が彼女を中心に渦を巻く。


 あぁ……死んだな。


「……逃げるが、……勝ち。」


 はっ?

 風を纏った背中が遠くなっていく。少女の方が圧倒的に強者だったにも拘わらず逃げていった。

 いや、見逃された?確かに彼女には逃げるもの特有の必死さがなかった。むしろ余裕で、何かを確かめるように逃げていった。

 そう考えると納得がいく。俺ごときじゃあ、わざわざ殺す勝ちもないということか。


「また、助かってしまった。」


 まだ生きろと誰かが言う。まだ俺は死なせてもらえないらしい。


「強く、何よりも強くなるッ!」













 いやぁ、びっくりした。試しに魔法を使って逃げてみたけど、逃げ切れたみたいだ。


 よかったぁ、だって顔怖いもん。


 逃げるが勝ちだよね。


「……魔法、……楽しい。」


 風を纏って森を切る感覚、癖になりそうだ。魔法は色々なことが出来る、きっと空も飛べるだろう。


 もう、森の終わりも近い、木々の密度も下がっている。やっと人に会える!楽しみだ。





 しかし、そんな浮かれた思いもすぐに描き消される。


「きゃーッ!?」


 近くから叫び声が聞こえたからだ。

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