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凍心の竜  作者: Fin
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0[K]Absolute temperature

「カハッ!」


 肺から空気が抜けるのを感じる余裕もなく、苦しさすらも段々と遠くなっていく。

 どこか遠くでほんの数日前に初めて会った男の醜い声が聞こえる。


「オラァ!ウリャァ!」


 掛け声のような声がかかる度に体には痛みが走り、意識が遠くなるのを妨げる。

 布の塊を棒で叩き付けたような鈍い音が辺りに響き、続けて水を撒いたときのピシャリピシャリという音がする。きっと床にはおびただしい数の黒ずんだ痕が残っているだろう。ところによっては真新しい赤も……


 いつからだっただろうか、気を失いそうな痛みの中でも思考がはっきりするようになったのは。

 それが良いことだったかは分からない。思考がはっきりしている分、痛みもはっきりと感じるようになってしまったからだ。

 痛みは気絶を許さない。


 意識ははっきりとしているのに視界はだんだんぼやけていく。


 ああ、意識が遠のく。


 これはさすがに死んだかな、と他人事のように思った。

 これまでのことが、浮かんでは消えていく。決して良い思いでなんてない、ただ僕という人間が生きていた記憶。親の顔も知らない、家族という言葉の意味なんて、本当の意味で解ることはなかった。

 ああ、死にたくない。まだやってないことがたくさんあるんだ。

―――――死ねない!

 そんな思いも空しく意識は遠退いてゆく。


「チッ、もう気絶しやがった。」


 男は、人かどうかの判別も付かないほどにぐちゃぐちゃになった物を見て吐き捨てるようにいった。




「おい、待て!おいおいおい、死んでねーだろうな!?」


 急に慌て出す男。酷く滑稽な姿だが、その場にそれを見ることのできる者はいなかった。


「まだ俺は足りてねーぞ!」


 そこは、暗い地下の部屋。

 男が自分の楽しみのためだけに作った部屋だ。ほぼ部屋としての機能はなく、壁は全てコンクリートが露出していた。ただ唯一防音の機能があることだけが、この部屋の個性だと言えるだろう。それも男が部屋を使う度に個性は強くなっていった。

今では、他のどこにもないと男が自信をもって言うだろうというほどに様変わりしてしまっていた。


 もちろん、この男の趣味は歌や演奏なんかじゃない。アーティスティックなクリエイト活動でもない。

 この部屋の防音機能はそれらに使われているわけではないのだ。


 男は、静かな部屋で楽しみたかった。道路を通る車のエンジン音や、散歩中の犬の鳴き声などそれらの生活音に自分の趣味を邪魔されたくなかったのだ。

 これだけ聞くと普通の趣味をしているかのように聞こえるが、それは大きな間違いだ。

 男は別に集中を邪魔されたくないわけでも、聴いている音楽の邪魔をされたくないわけでもなかった。


 男はこの部屋に毎回必ず一人ずつ人を招く。

 招かれた者はまず、その異様な部屋に息を呑むだろう。壁や床には黒ずんだ何かの痕が埋め尽くさんばかりに広がっている。中にはまだ新しい、赤い痕も残っているだろう。

 招かれた者が生きて部屋から出ることはないだろうが。


「もう終わりかよ!ふざけんなよ屑がッ!まだ聞き足りねーよ、聞かせろよ!おい!」


 男が何度も地団駄を踏む。その度に赤が辺りに撒き散らされる。


 この数日後、男は返り血を浴びた状態で外へ行き、三人襲った後、その場に居合わせた警官により射殺された。






―――――今日、夕方6時頃。〇〇〇市内のスーパーマーケットにナイフを持った男が立ち入り、その場に居た女性二人と男性一人を刺し、居合わせた警官にも同様に襲いかかろうとしたところを警官が発砲、うち一発が胸に当たりその場で死亡が確認されました。被害者は直ぐに病院へ運ばれましたが、女性一人と男性一人はまもなく死亡が確認されました。犯人は、〇〇〇市在住の会社員、〇〇〇で、事件当時「まだ足りない、もっと聞かせろ、悲鳴を聞かせろ」とうわ言のように言い続けていたとのことです。その後の警察の調べによりますと犯人の体には複数の血痕があり、その血液は今回の被害者の三人の血ではないことが判っており、他にも同様の事件が起こっていると見て捜査を進めています。続いてのニュースです。―――――


 











「かはッ!」


 突然の空気が肺に侵入する感覚に思わずむせる。


「えっ?」


 空気を自分の意思で吸い込み、吐き出せている。久しく感じていなかった感覚だ。


 久しく感じていない?何故?


 久しぶりに感じたという思いがある反面、そんなことがあった記憶はないと否定する、相反する思いも頭のなかにあった。


「おやっ?死ぬ直前の記憶が無いっぽい?」


 背後から男とも女とも取れる中性的な声が聞こえた。その声は困惑していて、また、僕に問いかけるような疑問も含まれていた。


「聞こえてない?おーい、へーんーじーしーてーよ。」

「……すみません、……聞こえます。」

「あー、よかった。」


 ほっとした感じでため息をつく声。それだけ心配してくれたのだろうか。


「じゃあ、後ろ振り向きなよ。」

「……はい。」


 振り向くとそこには、白い光でできた人形のようなものがいた。


「ようやく顔が見えたね。」


 しゃべる度に光が点滅しているが、どういう仕組みだろうか。


「君、ここに来る前は覚えてるかい?」


 ここに来る前……確か、


「……どこかの地下室に居た?」


 何故?  地下室に入るときの記憶がない。


「大丈夫大丈夫、記憶がないところは意識がないから。」

「……そうですか。」


 なるほど、それなら確かに記憶がないのも納得だが。


「いや、……でも、それって拉致ってことですか。」

「まあ、そゆこと。」


 拉致、目的は?

 お金?親もいない孤児だし。労働力なら僕よりちゃんと健康な者を求めるだろう。だとしても拉致はしないか。


「いーや、拉致は男の趣味のためだよ。」


 趣味?


「死ぬ直前の記憶が曖昧みたいだけど、君はあの地下室で殺されているよ。」

「……殺されて?グッ!?」

「おっと、記憶が戻ったかな?」


 頭が!痛い。忘れていた記憶が逆流するのを感じる。

 理不尽な暴力、次第に抵抗もできなくなる。痛みに耐える、次の痛みが直ぐに塗りつぶす。心を折られる、意識が遠くなる。その度、痛みで戻される。


「普通はね、あの環境で何日も生きられないんだ。君の次に長く生きたのはたったの六時間、君はその環境で一月耐えた、耐えれてしまった。」


 淡々と誰かが喋っているのが聞こえる。が、その声も意識まで届かない。

 痛みは直ぐに慣れる、だけど、苦しさには耐えられない。刃物を刺される痛みも、頬をぶたれる痛みも慣れた。肺から空気が抜けるあの感覚、あの苦しみだけは耐えられない。

 あの苦しみが僕に恐怖を植え付けた。

 恐怖は侵食するように伝染した。もう耐えられなかった。醜くあがくことすら出来ない。体はもう動かなかった。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ………


「まてまて!それは記憶だ、呑まれるな。」


 記憶?そうだ、僕は死んだ。もう痛みは与えられない、怖くない?



 訳ない!刻まれた恐怖は消えない。消えてくれない!


「君を苦しめてた男はもういないよ。君が死んだ後撃たれて死んでるから。」


 死んだ?あの男が……


「じゃあ、もう……殴られない?」

「もちろんさ。」

「刺されたり、斬られたりしない?」

「ああ、もちろん!」


「もう、狙われたり……しない?」

「それはムリだねー。」


 どうして……


「どうしてもこうしても君の体質だからしょうがないよ。」


 体質?そんなことで……


「そもそも、君にかけられたその呪いが全て惹き付けているんだよ。」


「一体、何を……?」

「全てだよ全て、君が今まで被ってきた不幸の全て。」

「……不幸?」

「そう!君の両親が死んだのも、君が引き取られた先でいじめられるのも、養護施設の院長に虐待されるのも、その養護施設が潰れていく宛がなくなったのもぜーんぶそう!」

「……あぁぁ……ぁあ…」


 どうして、僕が何をしたっていうの……


「君は何もしていないよ。したのは神だから。」

「そんなの……ない……」

「まあ、もう処分済みだけどね。私優秀!」


 自分で自分を誉め始めた。ひどく満足げな声に聞こえる。

 僕は、これからどうなるのかな。消えるのかな。消してくれないかな……


「君の処遇は決まってるけどね。一応、選択肢は与えるよ。」

「……選択肢?」


 選ぶ?何を。


「君の転生先だよ。君の魂だいぶいじられてるからさー。そのまま輪廻に入れられないのサ。」


 これは記憶を残しての転生、てんぷれ?


「まあ、そうなるね。テンプレ好きだろう?日本人って。」


「……記憶、消せませんか。」

「消せないよ。魂にもこびりついてるからどうしようもないよ。」


 不安はある。でも、選択肢はない。記憶はどうしようもなく苛むけれど、逃げ場はないし付き合っていくしかない。


「……分かりました、選びます。」

「おーけー、何か希望は?」


 希望か、希望はとくに……

 いや、弱いから暴力を振るわれた?弱いから対抗出来なかった?弱いから?


「そうだね、弱いから君は呪いに負けて、殺された。」


 強ければ、強ければもう奪われない?強ければ理不尽な目に遭わない?強さ、強さがあれば。


「……強さ、……強さがほしいです。」


「ふふふっ、ああ!いいともさ!とびっきり強い転生先を用意しよう!君は十分不幸を味わった。そろそろ幸せになったって良いだろう!」


 幸せ……幸せになっても良い?僕が……


 親もいない、人のやくにもたてない僕が?


「もちろん!誰も君の邪魔は出来ないよ!力とはそういうものだ。」


 それなら、僕でも。


「さて少年。君は少し休みたまえよ、後は勝手にやっておくから。転生先は、起きてからのお楽しみー。」

「お願いします。」

「まあ、こっちも一応仕事だからね。安心してよ。」


 仕事か、この人は一体何者なんだろうか。


「じゃあ、おやすみ。良い夢を。」

「あのッ!」


 口が渇く、緊張で言葉が出てこない。だけど、聞かなきゃならない。僕に道をくれるというこの人の名前を。


「……あなたはッ!」

「んー、名前ないことはないけど。まあ、神様とでもよんでくれ。多分、想像する神とほぼ変わらないと思うからね。」


 神様、助けてはくれないし、お願いを聞いてくれる訳じゃないけど……


 僕に確かに道を示してくれたんだ。


「じゃ、今度こそおやすみ。」

「はい、おやすみなさい。」














 「眠ったかな?」


 光が薄れていき、水面のような光を湛えた白い髪の毛で童顔の女性が中から現れた。なお、胸はない模様。


 「この姿で居ると、嘗められるんだよねー。」


 それはそうだろう、何せ身長が140センチ程しかないのだから。

 疲れたー、と地面に座り込む。とても神とは言えないが一応神なのだ。


「はぁ、にしても今回は本当にやらかしてくれたよね。下界の人間に呪いかけて遊ぶなよぉ。後始末するのわたしなのにさー。」


 おかげで仕事が増えた、と深いため息を吐いた。


「さて、あの少年の転生先を決めるとしようか。空きはあったかなーっと。」


 強いのが条件、というか条件それだけだから検索結果メチャクチャ多いみたいな感じになってしまっている。


「天使は……空きないなー。いっそのこと神はどうだろう。あっ、でも神も空きないねー。」


 そう簡単にこの辺りの役職の空きが出ることはない。ほぼないと言って良いだろう。何せ寿命がない。


「あー、あったあった。これで良いね。本体人の形してないけど、まあいいか。何より、強いし。」


 決めました!と誰に向かってか敬礼。本人も遊びだったようですぐにやめる。


「この種族がいても問題ないところだから、異世界は確定っと。格はどうしようかなー。」


 当然のことながら同種族でも強さに差がある、その中でも、どのぐらいの強さにするかはなやみどころだった。


「せっかくだから大大大サービスで最高位にしちゃおうかな。良いね面白そう。」


 こんな感じで少年の転生先が決まっていく、自分の物で遊んでいる感じだ。神様からしたら人も世界もおもちゃ箱くらいの扱いだからだ。


「最高位にするなら停滞してる世界にぶちこもうかな。いいな、ぶちこもう!」


 停滞した世界ならある程度やらかしてもらっても世界が動くしラッキーくらいの気持ちになる。それに、そんなに強い人もいないから彼にぴったりでもあるんだ。


「じゃあ、準備を始めようかな。準備が終わり次第起こして、とばして、後は観察かな。」


 よしッ!という掛け声とともに立ち上がったが、「あっ、別にこの場で出来るか。」と再び座りこんだ。

 目の前に半透明なモニターを出し、仕事と、新しく増えた仕事の調整を始める神であった。

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