05 制服少女とアレ ②
「――今は信じてもらうしかないの。何も説明できない環境下だから。お願い、私の言う通りに……」
朦朧ながらも徐々に回復の兆しがあった俺の意識。
ぼやける視界を鮮明にしつつ、誰かに話しかけている少女の声を追った。
屈む学生制服の後ろ姿。
JK仕様の短い丈のスカートを確認したのと同時に、自分の状況も確認する。
視線の高さから、両足を放り投げて床に座り込む俺。
最近ふっくらしてきた腹の上には、手錠で繋がれたおっさんの両手、もとい俺の手。
壁にもたれ掛かる俺がいるのは、どうやらあの時撃たれた店の更衣室。
ふむ。
一命は取り留めてたみたいの俺だが、予断を許さない状況というヤツだろうか。
「分かりました。これといって他の選択肢もなさそうですしね。それでは、ボクはいつも通りにアップデートを行えばイイんですね」
「な!? クロム!?」
制服少女の影から、見慣れた丸っこい犬型ホビロイドがひょこっと出てきた。
ロボ子ことレノちゃんが話していた相手が、なんとクロムだった。
「なんで、お前ここにいるんだよ? え、てかっ、レノちゃんと知り合いっ!?」
「静かにしてもらえるかしら」
俺の問いに答えたのは、当人もしくは当犬ではなく制服少女。
それから、可愛らしい女子高生の立ち姿にはオプションがついており――。
ガン仕様のアームはどこへやら。
従来の左腕に戻っていた少女のその手には、拳銃なんかも握られておられました。
ここは機関銃じゃないだけマシと考えるべきだろうか。
ともかく、またしても銃口なんぞを向けられて怒られた俺である。
「大声出したりおかしな行動をしたら、遠慮なく撃つから」
「ほ、本物の銃?」
「本物かどうか、試してみたい?」
美少女の悪戯な笑みを見た気がした。
そして、その微かな笑みは死を匂わすものに間違いないからして、当然俺は御免被りたいの苦笑いを返す。
「リョウ。ここはしばらく大人しくしていてください。ボクにまかせておけばダイジョウブですから。では、レノさん。アップデートを開始します」
俺の気も知らず、のんきに尻尾をふりふりするクロム。
俺を拘束した女子高生の側で、焦点が合わないような間抜けな目しておすわりしている。
そんなクロムの首筋に少女が掴みかかる。
その細い手には小さな機器があって、一切の遠慮もなくクロムの首をこじ開けたりなんたり。
「ちょっ、こらっ。レノちゃん、クロムに何しようとしてんだよっ――あ、すみません」
向けられた銃口に、跳ね起きようとした勢いが削がれたばかりでなく反射的に謝ってしまった。
それから、なんか正座で座り直してしまう。
「安心して。この子に何か危害を加えようってわけじゃないの。更新時のセキュリティホールを使って、ダミー用のプロトコルを付け加えただけだから」
「う……ん、つまり?」
「この子の話からすべてを把握してるわけじゃない。だから疑問も少し残るけど。この子、お店の面接? に臆したあなたを励ますためにここに来たと言っていた」
俺がビビっていることを前提にしているところに少々引っかかるが。
なるほど。
クロムのヤツ、店の前でおたおたしているだろう俺(そんなことはなかった)を追ってここに来ていたわけか。
そして、レノちゃんと遭遇、今に至るって具合か?
「思いやりのある子。だから……不運だったとしても、私はなるべくならそんなクロムを壊すことは避けたいの」
そう言って、うつむく先にあった無機質の犬の頭を少女が撫でた。
それと時を同じくして、更新が滞りなく済んだのか、クロムがガフンと身を揺らした。
「終わりました。特に新しい更新データもありませんでした」
「あら、それは残念だったね。それでクロム。何か体の調子が悪かったりしない?」
「そうですね……。レノさんの言う調子が悪いに該当する症状は、今のところ発見できていません」
女子高生ロボ子とわんこ型ロボ犬の会話に、ただただ聞き耳を立てるだけの俺。
それでも、クロムに一体何が施されたかは……うっすら気づき始めていた。
「なら、WONー108クロム。現時刻をもって、あなたは『Alice_Network』から隔離されたことになるから。これから〈アリス〉には、今までの行動データから構築したダミーのクロムが繋がる」
アリスネットから、こうも簡単に外れる手立てがあることも驚きだが――。
その宣言は、重大な犯罪行為だった。