02 カフェに通う日常
――ちゃんとした服を着るとカッコイイね
と、親戚の子に言われたり。
――へえ、ミヨちゃんのお兄さんって割りと格好いいね
と、妹の友達に言われたり。
だから以前は、あれ? もしかして俺ってイケてる男子――とか、そんな気分になれる機会が多かったような気もする。
が、中年もしくはおっさんとカテゴリーされるアラフォーともなると、久しく耳にしない。
「少し前は、モテてたなあ……」
ついつい小洒落た店の雰囲気とはそぐわない、哀愁あるつぶやきを漏らしてしまった。
「いやはや、若さとは尊いものだ」
うん。しみじみ思う。
そんな俺の眼差しが別テーブルの今風の代名詞の若者らから、カフェのウエイトレスへ。
ちなみに俺の見た目は、過去風が似合うそれです。
「お待たせしました。ブラックコーヒーのホットになります」
小気味よい声が耳をくすぐれば、ことり、と注文した品が木目調のテーブルに置かれる。
白磁器に湯気を揺らす黒い液体。
暖かい季節でも温かいものを頂くのが、おっさんというモノ。
いや、これはさすがに偏見か。
さて、おっさんのおっさんによるおっさんにしかわからない自虐はもういいとして。
いい香りがした。
いや、コーヒーじゃなくて、側のウエイトレスちゃんからね。
「他にご注文があれば、言ってくださいね」
にこり、と微笑んでウエイトレスのレノちゃんは俺のテーブルを後にする。
俺はその後ろ姿をさり気なく眺めた。
すると、しっかりしてそうなのにふいにトレイを床に落としたレノちゃん。
あたふたしている。
「うん。そういうところもグッド」
カフェの店員は可愛い子が多い。
俺が頻繁にコーヒーを飲みに来る理由である彼女は、まさにその筆頭だろう。
肩をくすぐる綺麗な髪。
メイク感をまったく感じないのにもかかわらず、ぱっちりした面立ち。
小柄ながらもバランスの取れた抜群のスタイル。
その容姿端麗さに、背景でふわっと花が咲くような笑顔とウエイトレスの素敵な制服が加わるのだ。
もはや見惚れなと言うのが無理。
年齢は二十歳……うーん。やっぱり十代っぽいな。
名前は『麗乃』と書いて、レノ。
膨らみのある胸につくプレートに、そう書かれているのだから間違いない。
「まあ、しかし。相変わらず同志が多いな、ここは」
ずずず、と喉を潤しながら店内を見回すと、おっさんがチラホラ目に入る。
洒落た店に反抗的なおっさん――もとい、縁遠いはずの彼らがそこそこな比率でいるのは、偏に可愛い女の子と触れ合いたいからだ。
直接的でなくても全然いい。
映像として目に。
香りとして鼻に。
存在として同じ空間を生きたいのだ。
若さとは尊いと知るおっさんだからこそっ。
世界的な『kawaii』となろうとも、近くの可愛いを求めて止まないおっさんだからこそっ。
俺は、いいや俺達歳をちょっと重ねただけの紳士だからこそ、この店に惹きつけられているのだ!
「リョウ。胸元で握りこぶしを作るくらい、今日のコーヒーは美味しかったのですか」
「ミルクならまだしも、水を差すヤツだな」
隣の椅子。
人の五歳児くらいのサイズ感で、ちょん、と置物みたく座るクロム。
君はAIが得意なフレンズさんだねで友達探しなのか、ただの暇つぶしなのかしらんが、店内散策から戻ってきて早々、俺の情熱を他愛もなく冷ましてくれた。
「さっき、お店の方が話しているのを小耳に挟んだのですが、こちらの男性従業員の方が怪我を負って、しばらくお店を休むそうです」
「ふーん」
「それで、『困ったね。オーナーどうするつもりだろ?』『やっぱり男手がいる時ってあるじゃん』『誰か補充してくれるのかな』『求人はまだ出してないみたいだよ。検索で挙がってこないもん』などを、女性従業員の方々が話していたんです」
普段の少年っぽいクロムの声が、いろんな女性の声音の台詞を混ぜて喋る。
「おい、小耳に挟んだ話はいいけど、録音なんてするなよ」
「大丈夫です、リョウ。ホビロイドよるパブリックな場所での録音は認められています。一般的には、レストランや表通りに面したこのお店ようなカフェは、公共的な場所として認知されていますから」
そう言って、器用にも無機物の顔を「えっへん」みたいにしてくる。
思えば、クロムのようなホビロイドと総称するAIのロボット関連の法律や条例なんかも、昔からしたらだいぶ増えたものだ。
そして、一緒に暮らす俺としては、しっかり勉強して置かないとエライ目に遭いそうだけど……。
ただ、複雑なんだよなあ。
一概にAIロボットと言っても、機器を始め、乗り物だと車から飛行機まで搭載型の物があったり。
だから、AI搭載型機器を自律可動型AIロボが扱ったりする場面とか見たりもする。
それから、俺でも購入できる一般向けだったり、国の管轄だったり目的や状況によってもいろいろ分類される時もある。
その上で、きっちり分けられる場合もあるにはあるが、大体の人が自分基準で「ホビロイド」「アンドロイド」の名称を使い分ける感じ。
俺もその線引き……イマイチはっきりしないし。
てか、そもそもホビロイドって俗称だったはずなんだけな。
はたまた逆に、AI全部アンドロイドでいいじゃん、みたいな公人だっていたりする……。
とまあ、こんな曖昧な話はさておき。
「法的に問題ないかとか、そういう事を言いたいわけじゃないんだけどな……」
「分かっています。ボクは今回、リョウをその気にさせたくて録音したまでです。普段は良識に照らし合わせて行っていますから」
「その気がどの気か、さっぱりなんだけど」
「もしかすると仕事が手に入るかも、ですよ。推察すると、このお店は男性従業員を求めているようです。リョウはお尻でコーヒーの缶をハサめる以外、これと言った取り柄はありませんが適度な男性です」
「へいへい。平々凡々ですいませんね。あとケツばさみの話を披露するのは宴会場だけにしてくれ」
「今回、重要と思われるのは健康的な男性です。リョウはクリアしていると思いますよ。それに……今なら競合する相手もいない可能性も高く有利です」
クロムが尻尾を左右にふりふり。
ネットにでもアクセスして確かめたんだろう。
言葉から察するに、ネット検索の結果、求人応募が行われてた様子はまだないようだ。
「健康的かつ有利だとしても、求人も出てないのに面接をお願いできるわけないだろ。しかも、盗み聞きで知った情報だぞ」
「ここは一つ、前向きかつ積極的になりましょうよ」
「……ダメだ。それに早ければ採用されるわけじゃない、はず」
どうしたものか、と気持ちが揺らいだ。
妄想してしまったのだ。
この店で、爽やかな汗を掻き仕事をする俺。
そして、和気あいあいとウエイトレスちゃん達と――。
「クロム、聞いてくれ。働きたくないわけじゃないんだ。なんつーか、夢にだって現実味とかあったりすんだよ」
「そうですか。残念です。ボクのバージョンアップへの道ノリは遠いようですね」
なんとも利己的な犬型ホビロイドだろうか。
ただし、それでも。
「なんか、悪いな。いい歳したおっさんだけどさ。勇気がちょっと足りなくてさ……」
「いいえ。ボクはリョウの事を良く分かっていますから。無理に勧めてしまって、ゴメンなさい」
家族と呼べるくらいには、お互い分かり合えている間柄である。
いつもの心地良い空気感を残して、俺とクロムは店を出た。
そして。
そんな俺の”いつも”が途絶えたのは、その帰りからだった。