01 認めたくないものだな、俺がおっさんだということを
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Artificial intelligence の略、AI。
その言葉が導く未来について、よく耳にしていた事がある。
AI〈人工知能〉が急速な発展を遂げた結果――。
世界は滅亡する、と。
正確に言えば人の世界、つまり人間社会が滅びるということだが。
膨大な情報処理の計算用途から始まり、選択するプログラミングやらなんやらの過程を経て、知能と呼べるものに至った。
頭の良い人達が生み出したその知能は、それはそれは頭脳明晰である。
なので、人間はその優秀な知能――AIに新たに頭の良いAIを生み出させようとした。
すると予想通り、よりハイスペックなAIが誕生した。
それは人では補えない知能を持つAIとなった。
そんなAIは”考える”ゆえに、必然自我を確立する。
俺達人間のそれとはまた違う定義の自我なのかも知れない。
ただそれでも、決められた答えに従うとは違うその思考プロセスを、人類は人のそれと同じものとみなした。
それを踏まえ、学者達の間ではしばしば、この自我を持つAIの思考の先が問題視されていた。
なんでも、
地球にとって人間の存在が有害と判断したり、とか、
合理的かつ効率性を追求しよう、とか、
で、人を排除したり徹底的な管理社会で人を支配しよう――こんな答えに行き着くそうな。
すなわち、人間社会の進化形態であるAI文明で構築された社会、AI社会は――人類の終末的世界へ進むそれだ。
そう警鐘を鳴らす人達もいた。
そして俺はその話にどこか説得力を感じ、とても不安を覚えていた。
映画でもあった。
人間は完全な自我に目覚めたAIロボットらと、種の存続をかけた戦争をしていた。
だから、来るその未来の現在。
俺の今、2040年の日本は、予想していた通りの世界――とは、遠いものだったと言えるだろう。
ならば。
現代に生まれたすべてのAIの母たる『Alice〈アリス〉』。
彼女が出した答えの是非は、今の現実を以って実証となるんだろうか――。
などと、この辺りを俺がそれっぽく首をひねっても仕方がないな。
きっと偉い人が判断して決めるんだろうとして、アレだ。
AI社会になると職が奪われるとかの懸念があって、それは当たっていた。
だから、それを近年身を以て知るアラフォーな俺こと田中 遼は、むろん無職だったりする。
「リョウは、今日もカフェザンマイですか」
雑踏の街並み、気持ちの良い昼下がり。
アスファルトの通路をてくてく歩く俺の足元から、とことこ歩く犬型ロボットがチクリと言いやがる。
「人手に事欠かない世の中なんだ。焦ってもどうにもならない。だったら前向きにニートな時間、もとい余裕がある時間を有意義に使うべきだろ」
丸っこいフォルムのAIロボ『クロム』に、おどけて答えてやった。
俺の皮肉も理解しているようで、犬っぽい無機物素材の顔を器用にも呆れた様にして返してくれる。
目玉景品としてゲットしたこいつとは、かれこれ……あと少しで、10年来の付き合いになるなあ。
「ボクとしては、早く余裕のあるマネーを取得してもらって、バージョンアップを行って欲しいのですけれど……」
「更新なら今朝もやっていただろ」
「ソフトウエアの方ではなくて、ハードウエアの方です。ボクくらい旧式のボディを使っているWON-108はそういないですよ」
「そのうちな」
「リョウのそのうちはどのうちなんでしょうか。時間もしくは期間をはっきりとおしえて欲しいものです。そうやって物事をゴマカシたり後回しにするのは良くないとおも――」
クロムの小言は右耳から左耳へ流しながらに。
「そんなにマネーが欲しいんだったら、お前を売りさばくというのはどうだろう」
「ザンネンなことに、ボクみたいな旧式のボディでは大した価値になりません。本当にザンネンです。ハードウェアさえ最新のものだったらと悔やまれますね」
しつこいヤツめ。
まあ、それくらいでちょうどいい冗談話になるってものだ。クロムのようなAIロボ、ポビロイドの売却は禁止されてるからな。
俺達二人はそんな他愛もない会話をしながら、足繁く通うカフェへ直行した。
そして、今思えば……。
運命というシナリオがあれば、この時既に俺の死亡事項は決まっていたのだろう。