00 時はまさにクライマックス
あくまでも現実じゃないはず。
なのに、臭いまでもが鼻をつく。
荒んだ空気のそれだ。
そして、心の底から不安になる光景だった。
曇天の空。
人の姿はない灰色の街並み。
静寂さを混ぜ吹く風。
ぐるりと見回す辺りは、戦争でも起きたんじゃなかってくらいの壊れ具合が広がる。
ビル群、車、道路、信号機、街路樹――。
日々、何気なく視界に入れていた物が、戦慄が走るほどに見慣れない様になっている。
「『Alice』が存在しない世界の姿だ。しかし人類が滅んだという訳ではない。彼らに管理された最適な環境下で安全に存続するようだ」
そう声が言う。
すると目の前の異様な景色の中に、滲み出るようにしてその姿が現れた。
白衣を纏う初老の男。
「――っ!? ……何が、これは、何をしている……」
目に映す物が壊れた街並みから、施設のような重々しい室内のそれに移り変わった。
そこにはアンドロイド達の指示の下、整列する人々。
人々は順番に――。
悲鳴とも違う絶望の呻きを、耳障りなその声を従え、大きなカプセルの中へ入ってゆく。
「生殖器の摘出だよ。神たる人を殺さずに排除しようとして行き着いた答えなのだろう。そして……皮肉なものだな、人という種としては喜ぶべきか。優れた遺伝子を選定に一定数の健全な人類が、この星の生命体サンプルとしての役割を担う」
「……俺は人類を神だとは思っていない。それでも、家畜以下に成り下がるつもりもない……」
それは私もそうさ、と初老の博士は笑みを溢す。
それから、こつり、こつり。
立ち竦むことしかできない俺に歩み寄る。
「我々を生み出した神は尊い。そしてその神の如く我々も生み出す者となった。しかし我々はその尊さに遠く及ばなかった。AIは人類を自身の創造の神と定義しながらも、同じ次元の存在、もしくはそれ以下のものとして考えるのだよ。したがって、こういった結果が訪れる」
白衣のポケットから似つかわしくない黒い塊が取り出される。
俺のすぐ側――正面で歩みを止める者の手には、拳銃が握られていた。
そうして、博士は俺に、
「それでも君は、神でもなく人であるはずの君は、人類から未来を奪うつもりなのかね……」
その銃口と、俺の愚かしさを突きつけるのだった――――。