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「なに、にやにやしてるの、竜伸?」
ふと、気が付くと教室の中はすっかり昼休みになっており、今日も今日とて重箱に弁当を詰めたあおいが訝しげに竜伸の顔を覘き込んでいた。
「いや、気持ちいいなっ、てさ。外が」
「そうね。誰かさんが、お姉ちゃんを置いてどっかに行って帰って来た朝もこんなだったよね?」
「…………」
そうだった。
そして――それがあってからも
「でも、まあ、メモが残してあっただけ前よりマシかな……。うん。じゃあ、まあ……お昼にしよっ! ほら、竜伸、テーブルクロス引いて、引いて!」
「え! おまえ、これ客間のテーブルに引いてあるやつじゃないのか? ばあちゃんのとっておきだぞ、いいのかこれ?」
いつも通りの同い年の姉と弟。
レースの縁取りがされた高そうなテーブルクロスを手におろおろと佇む双子の弟に、あおいは、きゅっ、と片方の目をつぶると
「お姉ちゃんを信じなさ~い」
と歌うように言ってクスリと笑ってみせる。
そして、「もぅ、しょうがないんだから」と竜伸の代わりにそのテーブルクロスをセッティングし始めた。
楽しげに揺れるセーラー服の背中とちらりと振り返る度に竜伸の瞳に映る柔らかな姉の笑顔。
そんな姉を見て竜伸は、胸に秘めた想いを再確認する。
(そうだな……あおいには、話すべきだな)
父さんや母さん、そしてばあちゃんには少し難しいかもしれないが、あおいなら大丈夫だろう。
いや、あおいだから大丈夫に違いない。
自分を心配し、信じ、愛してくれるこの同い年の姉になら全てを話せる。
自分が経験したあの不思議な出来事を。
この世界と太陽を共有するというもう一つの不思議な世界の事を。
そこで出会った愛すべき人々と神さま達の事を。
そう、あの夕陽の美しい世界で見て聞いて感じた全ての事、まるでおとぎ話のような不思議な話を。
夕日の国のおとぎ話を。
……
…………
………………
そう、あなたとわたしの物語――
永遠の物語を。
愛おしそうにそう呟くと、その貴女は、そっと手鏡を伏せた。




