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窓から吹き込で来た爽やかな風が頬を撫でる。
風に仄かに薫る緑の匂いがなんとも言えず心地いい。
竜伸は、教室の窓から見える畑の一本道を眺めて密かに笑みを浮かべた。
こうして、あの道を見つめていると数日前の出来事が脳裏にありありと蘇って来る。
あの日も爽やかな五月晴れだった。
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穏やかに晴れ渡った空の下。
ふたりは畑の中を通る一本道を並んで歩いていた。
昇り始めた陽光が、木々の枝越しにきらきらと輝き、今日もまた一日がゆっくりと始まろうとしている。
かさねが、畑の向う側に佇む淀んだ気配をこれでもかと湛える一連の陰気な建物を見て歓声を上げた。
「あれが、竜伸さんの通う学校なんですね」
「ああ。築三十年とか、四十年とか言ってるけど、もうボロ過ぎて本当のところはよく分からないんだよな。ちなみに俺の教室は、手前の建物の三階な」
「へぇー」
手を額の上に翳して物珍しそうに眺めるかさねに竜伸の頬にも思わず笑みが浮かぶ。
しばらくそうして竜伸の学校を見物してから、ふっ、と満足げにひとつため息をついて
それにしても――とかさねは微笑んだ。
「みんな無事で本当によかったですね」
「そうだな。女将さんも比売神さまもぴんぴんしてたし、いちかも大した事無いって言ってたしな。
いちかがケガさせたなんとかって名前の偉い人も大丈夫だったんだろ?」
「ふふふ、もう、竜伸さんたら。『川輪田のおうの』さまは本当にエライんですからね。
それに――藤丸さんも無事でしたし……本当によかったです」
あの後、中の異変を察知したやよいが、結界を解除すると、途端に外にいた連中が扉を蹴破らんばかりの勢いで歓声を上げながらなだれ込んで来たのだ。
人も神さまも関係なく皆が、竜伸やかさね、そして比売神さまと女将さんを祝福してくれた。
そして、皆の感謝と畏敬の声に包まれながら出た外には、金色堂のみんながいた。
やよい、みくも、いちか、金村比古神、そして、いちかの後輩なつき。
それに――テントの脇で被災した街の人達や神さま達に豚汁を振る舞う藤丸。
竜伸とかさね、そしてみんなが願った通り、全員揃って金色堂に帰る事ができたのだ。
これ以上に良い事なんてないだろう、と竜伸は心から思う。
「藤丸さんの豚汁うまかったな」
「みんな、がっついて食べてましたよね。比売神さまなんか欲張って、『鍋ごとくれ~』なんて……ふふふふふ」
「ははははは」
とひとしきり笑い合って、ふたりは真剣な表情で互いを見つめ合った。
「でも、これでお別れなんだよな」
「…………はい」
「かさね……その……最後だからこれだけは言っておきたかったんだ……その……」
言い淀む竜伸をかさねは、やさしげな笑みを浮かべてまっすぐに見つめている。
竜伸は、しばし地面を見つめてから、思い切ったように顔を上げ一息に言った。
「おまえの事が好きだ」




