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夕日の国のファンタジア  作者: 生田英作
第1部
95/358

[95]


 ふたりの声が響く。

 竜伸は再び立ち上がると銃を構えた。

 かさねが竜伸を背後から抱き締め、祭文を唱える。

 首を傾けてその様子を見ていた邪神の顔に蔑んだような笑みがうっすらと浮かんだ。


 可笑しかったのだろう。


 圧倒的な力を持つ自分に抗う虫けらのような人間の姿が。

 銃を構えたまま、何もできないであろう少年と少女にその邪な神は、この世の理を教え諭す先生のような余裕綽綽とした歩みで近寄って行く。

 ふたりの三メートルほど前まで近づいて、その神は片方の手を掲げた。

 ぶんっ、という音と共に先ほどと同じ赤い霊力の渦がゆっくりとその手の中で渦巻き始めた。

 だが――――



 その時、それまで無言であった真心銃が初めて反応した。


 

 銃がにわかに輝き始め、溢れ出た黄金色に輝く光がふたりを包み込む。

 辺りを覆っていく暖かな、それでいて不思議と心が和む、やさしい光の波。

 ふたりに降り注ぐようにして広がった光の波は、床をゆっくりと伝い、まわりの二人にも、女将さんと比売神さまの元へも押し寄せる。

 それは痛み、苦しみ、そして悲しみといった全ての負の感情を洗い流す奇跡の光だった。

 その奇跡の光が、ふたりを祝福していた。


 真心銃が、応えたのだ。


 比売神さまの祈りと想いを一身に宿した神器が応えたのだ。


 竜伸の想いに。


 ふたりの想いに。


 皆の想いに。


 比売神さまの願いに。


 銃の機関部が力強い音を立てた。

 霊力が銃に漲り、竜伸の瞳が蒼く光る。

 拭い去ったかのように体から全ての痛みが消えていた。


「竜伸さん!」


「ああ」


 背後から竜伸を抱き締めるかさねの手に力がこもる。

 竜伸は、大きく息を吸い込んだ。

 眼を閉じて魔心眼を使う事に全神経を集中させる。

 やがて眼をゆっくりと開いた。

 ……気分は、上々だ!

 ふたりの変化に邪神の顔から笑みが消えた。

 慌てて、手に込めていた霊力を開放する。

 だが――――

 立ちはだかる白く輝く防壁。

 隙を見せる事を許さない踊り狂う炎。

 邪神の術は、呆気なく跳ね返された。


「「竜伸!! かさね!!」」


 響き渡った声。

 それは、


「女将さん!! 比売神さま!!!」


 ふたりに並ぶように女将さん、そして比売神さまが邪神を見据えていた。


「竜伸、かさね、あん畜生にブチかましておやり!」


「わらわのお気に入りをよくも黒こげにしてくれたのう! 竜伸、かさね、そなたらの力を見せてやれ!!」


 二人の仲間の力強い声が響く。

 銃の霊力が開放を求めて鬨の声を上げた。

 竜伸は、背後のかさねに囁いた。


「かさね!」


「はい!!」


 かさねが祭文を唱え、彼女のありったけの霊力が銃に流れ込む。

 邪神の顔が恐怖に凍りつく。

 その額の中央には、ぼんやりとしろい光が浮かび上がっていた。


「これで終わりだ! 邪神!!」


 竜伸の指が引き金を引いた。

 響き渡る輝くような刹那の咆哮。

 その瞬間、蒼く輝く光の渦が激流となって溢れ出る。

『真心銃』から放たれたその圧倒的な力は邪神を貫き、憎しみが、苦しみが、蔑みが、邪神を形作る全ての負の力が、輝く光と共に崩れ落ちて行き、やがて小さな破裂音と共に虚空に弾けた。

 光の雪が皆の頭上から降り注ぐ。

 そして――

 

 邪神の姿は、跡形も無く消えていた。


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