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が――
「まだだ! まだ、終わっちゃいねぇ!!」
痺れるような絶望に、煮えたぎるような恐怖に、竜伸は怯まなかった。
己の信念を守るため、嵐の風車に立ち向かったドンキホーテ。
虐げられた人々のために強欲な王に立ち向かったロビン・フッド。
人々に愛される英雄達に比べれば、ここにいるのは語られる事さえ無く、顧みられる事さえないだろう、ふつうの十六歳の高校生に過ぎない。
だが――
だが、彼らと同じように守りたい物がある。
一命を賭してでも、守りたい人達がいる。
そう、ただ、ただ大切な人達が。
(俺は、皆を死んでも守る! 比売神さま、見ててくれ!!)
竜伸は、『真心銃』を改めて構え直す。
しっかりと銃床を肩に当て両手で銃を固定した。
そして――叫んだ。
「真心銃! 俺は、神さまじゃない。だから、俺の命と引き換えでいい! 一発だけ……一発だけ渾身の一撃を、快心の一撃を俺に撃たせてくれ!!」
真心銃は、微動だにしなかった。
訝しげに眉を顰める邪神を睨みつけつつ竜伸は、なおも叫ぶ。
「頼む! 応えてくれ、真心銃!! 俺は……みんなを守りたい。俺は……もう、目の前で誰かが倒れるのを見たくない……。比売神さまを……俺は、守れなかった。だから、真心銃、かさねを、外にいるみんなだけは俺に守らせてくれ!! 俺の命を――――」
ごふっ!
竜伸の口から血が溢れ出た。
言葉にならない言葉を呻きつつ、膝が崩れ落ちる。
視界が真っ暗になり、耳がジンジンとする。
銃を持つ手の感覚はすでに無い。気力だけで掴んでいたのだ。
片方の手を床に着き、体をなんとか支える。
遠のく意識。
人間である竜伸が神器を使おうとするのは、やはり余りにも無謀だったのだ。
しかも、
「ぐっ……。ちくしょう……」
竜伸から少し離れた床の上で女将さんが膝を着いていた。
俯いた女将さんの額から流れ出た血が頬を伝いぽたりぽたりと床に落ちている。
そして、不自然に傾いだ体と荒い息遣い。
もう限界だ……。
(やっぱり、気持ちだけじゃどうにもならないのか……)
これまでか……そう、思った時ふいに竜伸の体を暖かな物が包み込んだ。
ほんのりと香る心地よい、ほっとする匂い。
耳元をくすぐるあたたかな、やさしい声。
それは――――竜伸をこれまで勇気づけ、元気づけてくれた誰よりも心強い声。
どんな勝利の女神よりも心強いかさねの声だ。
「竜伸さんと私、ふたりの命よ、真心銃!! 竜伸さん、諦めちゃダメです。諦めたらおわりです。
私と竜伸さんなら、きっと出来ます。私の大好きな竜伸さんなら、必ず、必ず出来ます――」
――いつでもどこでも、どんな時でも、私は、私の心はいつもあなたのそばにいます!!
「かさね……」
「竜伸さん!!」
「おう! かさね、頼む!!」
ふたりは、声を、心を合わせて叫んだ。
「「渾身の一撃を! 快心の一撃を! 真心銃!!」」




