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「けがの具合は? 顔色すげー悪いぞ」
「うううん、全然平気」
と言った途端、かさねはふらりとよろけ、慌てて竜伸がその体を支える。
「じゃ、ないかも……」
微かに潤んだすみれ色の瞳が竜伸を見つめている。
また、逢えた……。
かさねの存在が、竜伸の存在が確かに今、互いの瞳の中にある。
しかし、邂逅の喜びもつかの間、女将さんの声が響く。
「竜伸さん! 前! 前を見るんだよ!!」
焼け焦げ、ズタズタになった服に身を包んだ邪神の小さな拳が竜伸の目の前にあった。
頭蓋を揺さぶる衝撃と口中に広がる鉄の味……。
かさねの手から弾き飛ばされた竜伸は瓦礫目がけて凪ぎ飛ばされた。
「竜伸さん!!!」
「かさね、伏せるんじゃ!!」
比売神さまの方術が間髪入れずに炸裂した。
「天鳴歌!」
煌めく紫電の華が辺り一帯で無数に咲き乱れ、乱舞し、昇華し、そして――無数の破壊の波が邪神を包み込むように押し寄せる。
「ひぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が辺り一帯に響き渡る中、術は潮が引くようにゆっくりと引いて行き、もみくちゃにされ、全身を焼き尽くされた邪神が膝を付いているのが見えた。
「さくや、今じゃ!」
と比売神さまが叫ぶや否や、女将さんともども高く飛び上がる。
竜伸が最初にここに入った時に話していたコンビネーション攻撃をするつもりなのだろう。
いま、二人がそうやって邪神の気を引いてくれれば――
魔心眼が、役に立たないとは言え、今度こそダメージを、鎮めるための端緒となるような大きなダメージを邪神に与えられるかもしれない。
目の前に現れた絶好のチャンスに竜伸はいきり立つ。
瓦礫に押し込まれた体を引っぺがすように起こして、口の中の血を吐き出した。
口の中と言わず足と言わず、体中がひどく痛い。
だが、竜伸は即座に銃を構えた。
控えていたかさねが、竜伸の背中に片方の手を当て霊力を注ぎ込む。
「これで……終わりだ……」
口中に広がる鉄の味を噛み締めつつ、竜伸が呻くように呟く。
竜伸が引き金を引こうとした、その時――――
くるりと身を起して立ち上がった邪神が、何かを叫ぶ。
邪神は、目の前の二人に向けて手を翳していた。
ぶん、と微かな音を立てて手の中に赤く輝くボール状の霊力が渦を巻く。
竜伸の横でその様子を見ていたかさねが呻く。
あれを喰らったら……
ふたりは顔を見合わせ無言で頷いた。
かさねが、懸命に祭文を唱え出す。
だが、すぐその口からごふっ、と鮮血が溢れ、かさねは膝を付き激しくせき込んだ。




