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「――――――――――ぁぁぁぁ!」
階下から聞こえて来た耳を劈くような悲鳴に、かさねは、ゆっくりと瞼を開いた。
かさねがいるのは、真っ白な病室のベットの上。
天井の蛍光灯を見つめつつ、かさねは目覚める直前に耳にしたものを反芻する。
不安、苦しみ、怒り、蔑み、負の感情に満ち満ちた声。
体の底から湧き上がって来るような不快さと恐怖が体の底で疼く。
(邪神――)
経験と才能に裏打ちされた乙女としての本能が、脳裏で盛んにベルを鳴らしていた。
それに、それだけではない――――確かに聞こえたのだ。
悲鳴の前に確かに聞こえた気がしたのだ。
彼の声が。
(竜伸さん?)
かさねは、そっと身を起こすとベット脇の文机に置かれた自分の着物に手を伸ばした。
その途端、傷を負った右胸ににズキンと激痛が奔る。
かさねは痛みに顔を顰めつつ、それでもなんとかベッドから身を起こし着替えを始めた。
袖に手を通す度、紐を結ぼうと体を傾ける度に、焼けるような痛みがかさねを苛む。
かさねの額を脂汗が滴り落ちる。袴を履こうとした時、一際強い痛みがかさねを襲った。
噛み締めた奥歯の奥から声が漏れ、不覚にも涙がこぼれた。
でも……
(負けられない、こんなことで挫けてなんかいられない!!)
なんとか袴を身につけ紐を結び終わった。
涙を拭い、青ざめた両の頬をパシンと叩く。
(竜伸さん…………今、行きますね)
額に浮かぶ脂汗を拭い、暫く息を整えてから再び歩き出す。
かさねは、なんとか部屋の扉を開け、人気の無い診察室や薬局を抜けて診療所の外、吹き抜けになった中央のホールを巡るように設置された回廊へ出た。
吹き抜けになったホールの底から、邪神相手に戦う仲間達の声が聞こえてくる。
かさねは、大きく息を吸い込むと懐から銅鏡を取り出す。
そして――祭文を唱えつつ回廊の柵を飛び越えると、戦いのまっただ中へ飛び込んで行った。
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どんっ、と銃口が煌めき蒼い閃光が邪神の体を掠める。
何発かに一発当たれば、恩の字といったところか。
それでも、さっきまで掠りもしなかったと、比売神さまは言っていたから随分マシにはなったのだろう。
が、そう思ったのもつかの間、
「おおおぉぉ!!!」
と、身を切るような咆哮が轟くと同時に身を隠していた柱が砕け、頭上から鋭い破片が雨のように降り注いだ。
竜伸は、舌打ちすると構えていた銃を下ろし走り出す。
瓦礫の間を縫い別の身を隠せそうな場所を探しながらひたすら走る。
暫く柱の間を縫うように走っているとまだ壊れていないカウンターが目に入った。
三段跳びの要領で飛び越えて転がり込むようにその陰に身を隠すと、カウンター越しにすかさず銃を構えた。
そこへ、ふっ、と背後の空気が揺れて比売神さまが現れる。
「グットタイミングじゃろ?」
こんな時でも自画自賛の比売神さまなのだった。
竜伸がそっと振り返ると煤だらけの顔が、にかっ、と笑った。




