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「やよい!」
「やよい姉さま!」
「竜伸くん!! なんで?」
ぼろぼろに崩れた壁に残った扉。
錠前と呪符がびっしりと張り付けられたその両開きの扉の前で白金の鈴を手に懸命に祭文を唱えていたやよいが戸惑いがちに尋ねた。
「助けに来たんだ! おまえこそ何してるんだ?」
「日々木のやよいさんは、両替屋から邪神が出られないように扉に結界を張って封印しておられるのでございますよ。中に、一万田のさくやさんと小宮浜比売神さま、そして三階の診療所に野乃崎のかさねさんがおられる筈です」
手の離せないやよいに代わって金村比古神が答えてくれた。だが、竜伸の疑問はそれだけではない。
「どうなってるんだ、やよい?」
やよいは、扉を見据えたまま、ゆっくりと話し始める。
「竜伸くんが鎮めてくれた祟り神が、実は、竜伸くんに鎮められる時点よりも前に邪神になっていたみたいなの。それで――」
「…………」
苦悶の表情を浮かべ呻く竜伸を横目でチラリと眺めてやよいは頷く。
「それで、竜伸くんが居なくなってしばらくたった今日、襲って来て……。いきなりの事だったから、かさねちゃんが、大けがをしてしまって……。
でね、神さまから受けた傷って普通のお医者さんじゃ治せないものなの。だから、両替屋さんの中の診療所にいる専門の先生の所まで来たの。
戦いながらここに逃げ込んで……かさねちゃんの手当てが終わり次第、この中に邪神を閉じ込めて封印しようって考えてたんだけど……でも、支えきれなくて…………」
「じゃあ、中には?」
「女将さんと比売神さま。それに、動けないかさねちゃんが……」
「他には誰か中にいるのか? 三人だけか? 藤丸さんは?」
やよいは小さく首を振り、藤丸は、港にある工場のグラウンドに街の人達と一緒に非難している、と教えてくれた。
「………………」
竜伸は、それ以上言葉も無く、やよいの結界によって封鎖された扉を睨む。
だが、すぐにやよいの横顔に向って尋ねた。
「やよい、中に入りたいんだけど、どうしたらいい?」
「竜伸さん!」
「ダメだよ、竜伸くん!!」
金村比古神とやよいがほぼ同時に声を上げ、傍にいたみくもが瞳に涙をいっぱいに溜めて竜伸のズボンの裾をぎゅっと掴んで、悔しそうに首を振った。
そして、三人のほかにもう一人。
路地の奥から微かにではあるが別の声が聞こえた。
「いちか!」
黒い小袖に黒い袴。以前に見たままの格好のいちかが、同じ格好をしたお下げの少女に肩を支えられながら、よたよたとこちらに向って歩いて来るところだった。
が――前に踏み出そうとしたいちかの体が揺らめいた。
傍らのお下げの少女の肩からいちかの手が滑り落ちる。
咄嗟に路地へと走った竜伸が、崩れ落ちそうになるいちかをその腕の中に抱きとめた。
「大丈夫か? おまえもケガしてるのか?」
「………………」
「いちか……?」
今日のいちかは、よく見ると、着ている着物こそ一緒だが、それは埃と汗にまみれ、所々擦り切れてさえいる。
そのいちかの竜伸を見上げる翡翠色の瞳から、涙がぽろぽろと目尻を伝って行く。
なおも問い掛ける竜伸にいちかは、声を震わせた。




