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「女将さん……うぅ……。えぐ、やよい姉さま…………」
繰り返し皆の名前を呼ぶみくもの声がくぐもった物に変わり始める。
……認めたくない。
自分の無力さなど……。
今更……。
膝の上で握り締めた拳が視界の中でみるみる滲んで行く。
ほんの数日前の事が目の前にありありと蘇る。
女将さん、やよい、みくも、藤丸。
そして――かさね。
目の前の残骸は、ほんの数日前まで皆がいた場所だった。
異世界であるここ黄泉の国で唯一の竜伸の帰る場所だった。
『――一品料理と紅茶がとってもおいしいお店なんです』
その店を手伝ってしくじったあの日、落ち込む竜伸を慰めてくれたかさね。
敷島屋の射撃場で、思い出橋で自身の胸の内を打ち明けてくれたかさね。
そして、銃を撃つ時に常に背中に感じたあたたかでやさしい彼女の手の温もり。
頬を拭ってくれた手ぬぐいの柔らかな感触。
『竜伸さんも泣き虫ですね。男の子が泣いちゃダメですよ』
かさね……。
かさね…………。
竜伸の目から溢れ出た涙が拳の上にぽたぽたと落ちた。
と、その時後ろからクラクションの音が聞こえた。
竜伸とみくもが音の方向を振り向くと
「竜伸さん! どうしてこちらに?」
そう言って、幌を被せた荷台に『敷島屋』の名が記されたボンネット型トラックの運転席から額に汗を滲ませ呼び掛けて来たのは、金村比古神その人、
否、神だった。
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「じゃあ、皆は両替屋に居るんですか?」
そこは、金色堂から金村比古神の運転するトラックに揺られて五分ほど。
かつて比売神さまに連れられて訪れた両替屋の入り口がある路地だった。
トラックから飛び下りて辺りを見渡すと、被災した人間と神が毛布にくるまり、崩れかけた建物の軒下や急ごしらえのテントの中で肩を寄せ合っているのが見えた。
竜伸の問い掛けに金村比古神は頷くと「ご覧ください」と路地の奥を目で示した。
そこには――――




