[8]
今度は吸い込まれるように目標へ。
自身を狙う不穏な気配を察知したイノシシが振り返ったその瞬間。
鈍い音がして石は、ぼんやりと光を放っていたイノシシのこめかみに当たった。
体勢を崩したイノシシがつんのめる様にして地面に転がり、地面を覆っていたにんじんの葉がイノシシの体で凪ぎ払われ、千切れ飛んだ葉と土煙がもうもうと舞った。
畑にめり込むようにして転がったイノシシ。
だが、諦めた訳ではないらしく、すかさず立ち上がろうと体を捻ってもがき出した。
イノシシは、目を血走らせながら後ろ脚に力を込め、前足を必死に踏ん張り立ち上がろうとする。
だが、転んだときに前足を痛めてしまったのか、前足は伸び切る前に力なく崩れ落ち、後ろ足のみが空しく地団太を踏む。身を捩る度に辺りの土が掘り返されて飛び散り、イノシシの口からは悲鳴とも唸り声ともつかない声が漏れる。
体から汗が飛び散り、絶叫のような雄叫びが辺りに響き渡った。
だが、それが最後だった。
腹の底から響くような不気味な憤怒の唸り声があたりに再び響き渡ると同時に、突っ張った足が力なく崩れ落ち、力尽きたイノシシの体は轟音を立てて大地に沈んだ。
(信じてみるもんだな……)
まだ幾分首を捻りつつも竜伸は自分の手をしみじみと眺め、ふと気が付いて辺りを見回した。イノシシの向う側、三十メートルほど離れた所に件の少女の姿はあった。
イノシシにすれば、まさにもう一息と言った距離、本当に間一髪だった。
もっとも、当の少女は、そんな事実に構っている余裕は無いらしい。
彼女は、にんじんの葉を器用に足で掻き分けつつイノシシへと向って歩いて行く。
彼女がどうするつもりなのかは分からないものの竜伸も少女の方へ――横たわるイノシシの方へ向かうことにした。
無茶苦茶に荒らされてしまったにんじん畑の中を慎重に歩を進め、なんとかイノシシの前までたどり着くと、少女はじっとイノシシを見つめていた。
「あの……」と声をかけようとした竜伸を少女は目で制する。
少女の視線の先では、立ち上がれぬイノシシが腹ばいになって荒い息をついていた。その目は赤く充血し、鋭い牙の覘く口の端からは、よだれとよだれに交じって血が滴っている。
荒い息をつく度漏れる唸り声とぽたり、ぽたりとあごを滴り落ちる鮮血。
辺り一面に漂う生臭い匂いに思わず竜伸は手で鼻と口を覆った。
平気なのか? と思った竜伸がそっと少女の方を窺うと、彼女の澄んだ瞳がまっすぐに彼の顔を見つめていた。
「これから、祟り神さまをお鎮めします。離れていて下さい」
少女は一言だけ静かにそう言うと、懐から蒼錆びた銅鏡を取り出した。
(タタリガミ……サマ?)