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女の子は机の上にうつ伏せの状態で所在無げにきょろきょろと辺りを見渡していたが
「み、みく――――」
「暦鎮歌!」
声を掛ける竜伸を遮って叫んだ。
次の瞬間、周囲の生徒全員が凍りつき、教室の中の全ての音が消えた。
竜伸達を指差してひそひそ話をする女子達も、白けた表情でバスケットボールを手で弄んでいた男子生徒も、そして、重箱を掴んだあおいまでもが一様に彫像と化している。
あわわ、と息を呑む竜伸を尻目に女の子は、机の上にちょこんと腰かけた。
女の子は、忘れるはずもない、あの世界で出会ったみくもだった。
「み、みくもちゃん? こ、こ、これは?」
動揺を隠しきれない竜伸に、みくもは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「竜伸兄さま……みくもびっくりして……ごめんなさい」
「いや……それはそれとして」
回りも見回して呻きつつ竜伸は尋ねた。
回りの状況もさることながら、それよりも――
「どうして、ここに?」
「それが……それが…………」
みくもの両の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「かさね姉さまが……かさね姉さまが!」
声を震わせるみくもの肩を両手で押し留める。
「何があったんだ?」
「うぅ……。いきなり襲ってきたの……。えぐ。それで、かさね姉さまが……かさね姉さまが…………大けがして……いちか姉さまも……。うぅ。それで比売神さまが、みくもを……」
頭を殴られたような、重い衝撃が竜伸の全身を貫いた。
体中から冷たい汗が噴き出してくる。
辛うじて平静を装ってはいるが、心臓が早鐘のように高鳴っていた。
「襲われて、かさねがけがしたんだな? いちかも襲われたのか? 他のみんなは? みくもちゃん?」
「女将さん……。やよい姉さま……。ううぅぅ、藤丸おじさん……」
みくもは、それ以上はもう言葉にならないらしく泣きじゃくって首を振るばかりだった。
大粒の涙がぼろぼろと彼女の頬を伝う。
(ちくしょう……これは、ただ事じゃない!)
噛みしめた奥歯が、みしっ、と音を立てて軋んだ。
かさね! 比売神さま! やよい! いちか! 女将さん! 藤丸さん!
「…………みくもちゃん」
みくもは、おずおずと顔を上げた。
竜伸は、その両肩を掴み涙に曇る双眸を見つめて叫ぶように言った。
「みんなを、俺が助けに行く!」




