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皆の後ろからゆっくりと歩を進めて来た比売神さまに女将さんはこっくりと頷いてみせた。
比売神さまが眉をひそめ低く呻いた。
「で、いちかが、その後どこに行ったか見当つくかい?
憑かれてる状態だから、いつものあの子じゃない。うん、いつも以上の力になっている筈だよ。
もし、憑いているのが、あたしらが考えている通りのものなら来るところは一つさ――」
ともかく――
と、女将さんが皆に向けて振り返った。
まさにその瞬間だった。
店内に跳び込んで来た一槍の鋭い光が、テーブルの脇で女将さんの話しに耳を傾けていたかさねの胸に吸い込まれた。
それは、瞬きすら出来ない一瞬の出来事だった。
ガシャン!!
と大きな音を立ててテーブルの上に置いてあったポットが床に転がり、よろめいたかさねの手に当たった皿が床で砕け散る。
「か、かさね……」
茫然とする比売神さまの声に応える余裕は、かさねにはすでに無かった。
見開かれたすみれ色の瞳が生彩を失い、光に貫かれた右胸から鮮血が迸る。
「かさねちゃん!!」
「かさね姉さま!!」
「かさね!!!」
鮮血を吹き出しながら崩れ落ちるかさねを受話器を放り出して駆け寄った女将さんが、懸命に抱き止める。
「しっかりおし! かさね! かさね!!」
女将さんは、大きな声で呼び掛けつつ、やよいと共に手拭いでかさねの胸の傷を懸命に手で押さえなんとか止血を試みる。
真っ白な手ぬぐいがみるみる真っ赤に染まり、皆の手も一様にかさねの血で真っ赤になった。癒しの祭文を唱えながら手当てをしていたやよいが何かに気が付いたのか、女将さんに目で外を見るように促す。
外を見た女将さんが無念そうに呻いた。
「比売神さま…………」
「…………」
そこには、雨に濡れそぼるいちかが、
否、
いちかの姿を借りた『神』が立っていた。




