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「へー、みくもちゃん『歴鎮歌』出来るようになったんだ。みくもちゃんの歳で出来るなんてすごいよ」
「でも、みくも術使った後ぐうぐうです。女将さん、笑ってました」
「私も昔そうだったよ。慣れれば、力の加減分かるようになるから大丈夫。今度、一緒に練習しようか?」
かさねの言葉にみくもは嬉しそうに頷き、その背中にぐりぐりと顔を埋める。
「かさね姉さま、約束です!」
「うん、約束!」
かさねはゆっくりとみくもを下ろし、小さな後輩ににっこりと微笑んだ。
そんなかさねの様子に皆の顔にも笑顔が浮かぶ。
と――
ジリリリリ……。
カウンターの中に置いてある電話のベルが鳴った。
突然の事に思わず皆が互いの顔を見合わせた。
乙女同士だと式神でやり取りする事が多いし、金色堂の取引先の業者なら毎日のように決まった時間に出入りしているので、親しい相手からの連絡でこの電話のベルが鳴るという事は滅多にない。相手とその用件があまりいい物とは思えなかった。
ベルは、なおも執拗に鳴っている。
ぱたぱたと駆け寄ったやよいとかさねを制して女将さんは、カウンターの中に身を乗り出して受話器を取った。
「はい、金色堂ミルクホールでございます。……ああ、なつきじゃないのさ。
電話なんて珍しいね。『例会』の人使いの荒さに閉口して式神どもも逃げ出したかね。
ははは、まあ、とにかく久しぶりだね、元気だったかい?
いちかの具合はどうだい……ええ? どうしたんだい、そんなに慌てて? 一大事?
どういう事さね? いやいや……順を追って話してごらんよ。まずは、落ち着きなね」
女将さんが宥めるようにしてことさらゆっくりと話す。相手は、どうやら泡を喰っているらしい。
心配そうに見つめる背後の皆に手を振ってみせつつ、女将さんは辛抱強く受話器の向こうの人間の話を聞いている。
が――
次の瞬間、女将さんの顔色が真っ青になった。
「……それは、本当かい? ええ、ちょっとお待ちよ! じゃあ、何かい? おうの様はやられちまったってのかい? 他の頭取や元締め達は?」
握り締めた受話器に片方の手を添え、女将さんは縋るようにして電話の向こう側に耳を傾け、話し続けている。
揺れ動く女将さんの背中を皆が見つめていた。
かさねもやよいも、そして、まだ乙女では無いみくもまでもが息を顰めるようにして女将さんを見つめている。
受話器から時折漏れて来る相手の悲鳴のような声に皆の不安が高まって行く。
「いいかい、よくお聞き。これは、尋常では無いよ。
どれだけ早く動けるかで結果がまったく違ってきちまう。
なつき、あんたも『例会』に身を置くほどの乙女なら分かるね。
よし。で、手元の式神は、全員、他の頭取と元締達の元に知らせにやったんだね?
よくやったよ、上出来さ。じゃあ、次は他の地域だよ。あたし達だけじゃ、不十分だ。
電話で他の支部にも連絡して、ありったけの乙女を集めるんだ」




