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夕日の国のファンタジア  作者: 生田英作
第1部
71/358

[71]


 比売神さまの口から出たその単語に二人は凍りついた。


 邪神(よこしまがみ)


 祟り神など物ともしない、地上最強、最悪の神。

 負の感情に心を喰い尽くされた神が祟り神を経て辿り着く最後の姿。

 通常なら、そうなる前に乙女や祓い屋や宮司、そしてかつて存在していた鉄砲撃ちに刈り取られ鎮められていた筈のものが、ふとした弾みや、その神自身の持つ負の想いの強さに依って成る神の総称だ。

 数百年周期で祟り神の一部から現れると言われているが、詳しい事を知る者は少ない。

 何故なら、その姿を目にして生き残った者は僅かしかいなかったからだ。

 そして、奇跡的に生き延びた者達は皆口を揃えてこう言ったと伝えられている。

 腕利きの祓い屋も、畏れ多いと敬われた宮司も、桁はずれと讃えられた鉄砲撃ちも、最強と謳われた日女の乙女でさえも――虫けらのように殺された、と。 

 さらに、それは神でさえも例外ではなかった……と。

 その事を、金色堂の皆に話してくれたのは他でもない比売神さまだった。

 数百年前、邪神と戦い生き延びた数少ない生き残り。


 それが他でもない比売神さまだった。


 もっとも、比売神さまが皆に話してくれたのは数年前にただ一度きり。

 仲間である乙女と神を失い、その心に深い傷跡を残したであろうその『神』の事に触れるのを比売神さまは明らかに避けているようだった。

 以来、金色堂の仲間内で邪神の話はタブーになり、誰も口にする事は無かった。

 これまでは。

 そう、今の今までは。

 降り積もった雪のような重い沈黙に沈む三人の頭上で照明がゆらゆらと揺れていた。雨脚が強くなってきたせいか店の中にまで風が吹き込んで来ていたようだ。

 と、比売神さまが天井を見上げた。

 かさねとみくもがはしゃぐ、きゃっ、きゃっ、とにぎやかな声が聞こえて来た。


「まあ、思い悩んでおっても仕方の無い事じゃ。なるようにしかなるまいて。それに、わらわの取り越し苦労かもしれぬしの」


「でもぉ……邪神は、過去に自分を鎮めようとした者の所へ真っ先に来るっていいますよねぇ? それに前に比売神さまが戦った時……」


「大丈夫じゃ、やよい。確かに、わらわが前に戦った時には、真っ先に最初に鎮めようとした乙女の所に攻めて来おったし、戦いの巻き添えで街にも人にも大きな被害が出た。なれど、その事を気にしてばかりいても始まるまい。なにかあれば、その時になんとかすればよい。幸い、この街には筆頭頭取の『川輪田のおうの』がおるし、加えて――」


 比売神さまは、イスから、ぴょん、と飛び下りるとその場でスカートの裾を翻してふわりとターン。かわいらしく、にぱっ、と微笑んで


「わらわがおる!」


 と二人に向けて片方の目をつぶってみせた。

 どうじゃ、どうじゃぁ、と微笑む比売神さまにやよいだけでなく女将さんも思わず噴き出してしまう。

 その時、とんとん、とリズミカルに歩を刻む音が階上から響き出し、比売神さまは、二人に向けて声を顰めて早口に促した。


「なれど、この事はかさねとみくもには暫く黙っておった方がよいじゃろう。かさねは竜伸が現世の国に帰ってからあの通りじゃし、みくもには、まだ、ちと荷が重い」


「そうですね」


 女将さんが比売神さまに頷き、やよいもうんうんと首肯する。

 確かにそれが今出来る最上の選択だろう。金色堂の事実上のエースであるかさねが本調子とは行かない現状の中やみくもに心配しても皆の気力を減じるばかりだし、何よりまだ乙女では無いみくもを必要以上に怖がらせるのは避けたい。

 話に一応の決着が着いたところで、「紅茶淹れますねぇ」とやよいが席を離れてカウンターへ向い、女将さんもテーブルの上に皿を並べ始める。

 そこへ、カウンターの奥の扉が開き、みくもをおんぶしたかさねが現れた。


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