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夕日の国のファンタジア  作者: 生田英作
第1部
65/358

[65]



 すんすん、と鼻をすする音に竜伸が恐る恐るあおいの顔を見上げる。

 あおいは、膨れっ面で竜伸を見つめて


「…………それだけ?」


「ほえ?」


「……だから!」


 あおいは、顔を赤らめ身をよじると竜伸の目線に合わせてしゃがみ込む。上目遣いに竜伸を見つめる瞳が未だ残る涙でいつも以上に潤み、仄かに上気した顔と相まっていつにも増してきれいだった。

 姉がかわいすぎると言うのは、ある意味不幸な事かもしれない。

 こいつは姉だ、と必死で自分に言い聞かせつつ竜伸はそっと肩を竦めてみせる。

 あおいは、もう!! とでも言うように地団太を踏んだ。


「『お姉ちゃん、大好き!』は? 胸がキュンキュンするような甘いセリフは?」


「はぁ?」


「お姉ちゃんをキュンキュンさせるのが弟の仕事でしょう! 役割でしょう!! リンカーンの有名な言葉知ってる?」


「ああ? えーと……確か『人民の、人民による、人民のための政治』かな? それしか知らねえけど」


「ちがぁぁぁぁぁぁう!!!」


 あおいが、ずずいっ、と竜伸に顔を寄せ吠えるように一息に言った。


「『お姉ちゃんの、お姉ちゃんによる、お姉ちゃんのための弟』だよ!」


「そんな言葉があるか! 千歩譲ってあったとして大統領が言うか! アメリカに謝れ!!」


 竜伸の反論も空しくあおいは、「いい、竜伸?」 と立ち上がった。


「弟はお姉ちゃんのそばからいなくなっちゃダメなんだよ! 勝手にどこか行って、お姉ちゃんを寂しがらせたり、心配させたりしたらダメなんだからね!!」


 あおいの瞳に再びうっすらと涙が浮かんでいた。 



「だから……お願い……。もうどこにも行かないで……私のそばにいて」



 あおいの声は震えていた。

 いつもワガママいっぱいで、自信満々な姉の声が震えていた。

 そんな姉の姿に竜伸の心に彼女に対する想いが満ちて来る。

 竜伸は、逸る心を鎮め言葉を紡ぐ。

 ただ、ただまっすぐに自分の気持ちを込めて。



「…………ああ。もうどこにも行かない。どこにも」



 心なしか震える言葉を互いに交わして姉弟は互いの瞳を見つめ合う。

 互いの意思を確かめ合うように。

 互いの存在を確かめ合うように。

 どれくらいそうしていただろう。

 しばらくして、あおいが、ふー、っとしんみりとしたため息を吐く。

 竜伸の答えにあおいは納得してくれたらしい。

 目を拭うとにっこりと微笑んだ。

 そして竜伸を殴る時に道に置いたカバンを手に取り、もう片方の手で竜伸の手を握ると


「よーし、じゃあ行くよ! 竜伸!」


「おい、取り敢えず家に――って、あおい!」


 もう離さないとばかりに手を握ったあおいが勢いよく学校へ向けて走り出した。


「まず、家に帰った方がよくないのか? 心配してるだろ、ばあちゃんとかさ?」


「いいえ、学校よ! 心配してたのは家族だけじゃないんだよ。みんなにも知らせなくちゃ」


「そうか……みんなも……」


 思いのほか、大騒動になっているらしい。

 二人は畑の中の一本道を飛ぶように駆けて行く。

 緑のまぶしい木陰を抜けて学校の正門を潜った。

 潜ってすぐに目に入ったのは例のボロい昇降口。

 毎日、何の気なしに使っていた昇降口だが、こうしてまじまじと見るのは初めてな気がする。

 もっとも、感動とか感激なんて物は微塵も無く、朝だというのに相変わらず不気味な事この上ない。


(朝でも怖ぇのな……この昇降口)


 その事が竜伸にはなんだか少し嬉しかった。




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