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「この、バカちんがぁぁぁぁぁぁ!」
「ほああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あおいの渾身の右ストレートが竜伸の頬にめり込んだ。
思わず尻もちを着いた竜伸をあおいは仁王立ちの姿勢でじっと見つめている。
「あの、あおい……さん?」
辛うじてそう応えた竜伸をあおいは、なおも無言で見つめている。
竜伸は、なんとか立ち上がると再度あおいへ問いかけた。
あおいは、竜伸の顔を無言のまま見つめ続けている。
だが……やがて、あおいの瞳にゆっくりと涙が盛り上がり頬を伝い始める。流れ出した涙は、堰を切ったかのようにとめどもなく溢れ出し、あおいの頬を濡らしてゆく。
引き結んだ唇の端が震えて、くぐもった嗚咽が漏れ、あおいは竜伸を睨みつけた。
「あ、あおい?」
「バカ!!」
「え、いや……その……」
「バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ!」
あおいは、泣きじゃくりながら竜伸の胸をぽかぽかと拳で叩く。たまらず竜伸があおいの手を掴んで止めようとするが、それでもあおいは止まらない。
ひとしきり竜伸を叩くとあおいは竜伸の制服の上着を掴み、肩で息をしながら叫ぶように言った。
「竜伸のバカ! 私が、私がどれだけ……どれだけ心配したと思ってるの!!
何も言わずにどっか行っちゃって……連絡もしないで………………畑は血だらけでぐちゃぐちゃになってて……カバンだけ道路に置いてあって……。
竜伸に何かあったんじゃないかって……私……あの日、どうして……竜伸と一緒に帰らなかったんだろうって……。もう、逢えないんじゃないかって……こんなに、こんなに心配してたのに!!
心配で心配で死にそうだったのに! 逢いたくて逢いたくて死にそうだったのに!!」
切れ切れに胸を喘がせながら、絞り出すようにそこまで言うと、あおいは竜伸の胸に顔を埋めて声をあげて泣き出してしまった。
自分の胸で泣きじゃくる姉に、竜伸は何を言えば良いのか、何がベストの問い掛けなのか、慰めなのか、そもそも言葉が必要なのかも分からなかった。
でも、姉の事を、姉の気持ちを今まで自分がどれだけ理解していなかったか、どれだけ分かっていなかったのかはよく分かった。
今更ながら――本当に今更ながらよく分かった。
竜伸は、あおいから体を離すと倒れ込むように道に両膝を着き、頭を下げた。
「ごめん、あおい。本当にごめん!」
「………………」
「本当に、本当にごめん!! 俺、おまえに逢えない間おまえの事とか、家族の事とか考えた。いつも一緒にいて当たり前で、正直、うざったいみたいに思ってたけど、そうじゃないんだ!
時間にすればほんの数日だけど、みんなと離れてみて家族が一緒にいられるって本当に幸せな事なんだって分かったんだ」
だから――――
「あおい、ごめん!! この通りだ」
竜伸は、あおいにさらに深く深く頭を下げた。
それが今の竜伸のあおいに対する偽らざる気持ちだった。
姉を心配させ、悲しませた事への答えだった。




