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気が付くと目の前には、雲ひとつない澄んだ青空が広がっていた。
視界の隅にちらほら見える見なれた形の葉と鼻孔をくすぐる懐かしい香り。瑞々しい緑と豊かな大地の匂いが胸の中一杯に広がる。
そっと身をよじると視界の隅に映る葉がわらわらと揺れ、緑の匂いが濃くなった。
(ここは?)
竜伸は、ゆっくりと体を起こした。
大地を覆う一面の葉。
その特徴的な形の葉は、忘れもしない梨と共にこの町の特産であるにんじんの物。
そして、にんじん畑の向うに見える見慣れた建物。
四階建ての地味で無愛想な校舎。
壁面に描かれたダサイ校章。
時折聞こえる、溌剌とした声と独特な騒音。
ダン、ダン、キュッと言う何かが弾む音と擦れる音は、壊れて扉がちゃんと閉まらない体育館から聞こえるバスケ部の物だ。
目に映る全てが、耳にする全てが自分の中にある。
(…………ちくしょう、俺の学校じゃねーか!!)
間違いない。
ここは――――元の世界。
(帰って来たんだな……)
畑にあぐらを掻いて座りつつ、竜伸は頭上に広がる蒼い空を眺めた。
帰って来た。
この世界に。
自分の居るべき場所に。
自分の故郷に。
(うれしい……んだよな?)
竜伸は、自問する。
ここは、この街は、双子の姉であるあおいと家族の住む竜伸の本当の居場所。
竜伸の本当の故郷。
待っていてくれた人達が、家族がいる。
無論、一刻も早く逢いたい。
なのに……なぜなのだろう?
心にぽっかりと穴が空いたような寂しさが胸の内を去来する。
なおも暫く空を眺めて竜伸は自分の両頬を、ぱん! と両手で叩いた。
(なに凹んでんだ! もう、帰って来れたんだからいいじゃねえか! それが、かさねや金色堂のみんなのためなんだから……。これしか方法は、無かったんだから……)
よし!
と、竜伸はズボンに付いた土を払って、勢いよく立ちあがる。
さあ、気を取り直して――――
「竜伸? 竜伸なの?」
そこへ突然の問い掛けが降って来た。
この声は……
「あ、あおい!」
そこには、その瞳一杯に驚愕の色を浮かべた少女の姿があった。
(そうか、そう言えば、ちょうど学校に行く時間帯か……)
竜伸は畑の中をにんじんの苗を踏まないように注意して進みつつ、なんとかあおいの立つ道路に出る。
竜伸は、あおいの顔を見つめて息を吸い込んだ。
「あおい……その、俺……」
「……ちょっと待って、竜伸」
あおいは、話しかけようとした竜伸を手で制してから大きく息を吸って呼吸を整えると、肩に掛けていた通学用のカバンをゆっくりと道路の上に下ろした。
そして――




