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夕日の国のファンタジア  作者: 生田英作
第1部
59/358

[59]



「黙って……」


「でも…………」


「いいから……」


 竜伸の背中越しに、かさねは震えるような、それでいて断固とした囁きを返した。

 竜伸はかさねの表情を背中越しに窺う。

 甘く切ない吐息と震える指先。

 竜伸の視線を感じたのか、かさねは怒ったように囁いた。


「そりゃ、私だってドキドキしてますけど……準備なんですから――――祟り神はいつ出て来るかわかりません。いつ、最後の時になるか分からないんですから」


 絞り出すように囁かれた言葉が闇に抱かれた竜伸の中に響く。


(かさね…………)


 竜伸は、両手で構えた銃から右手だけゆっくりと離し、脇腹の辺りに添えられたかさねの手に向けそっと伸ばして行く。

 暫くしてかさねの手をそっと竜伸の手が握った。


「竜伸さん…………」


 木々の間から月灯りが差し込み地面を蒼く照らしている。虫の鳴き声がそこかしこで涼しげな音色を奏でていた。

 目の前の闇を見つめる竜伸とかさね。

 互いの温かみを感じつつふたりは辛抱強くその時を待った。

 そして、


「竜伸くん! かさねちゃん!」


「竜伸さん!」


「おう!」


 森の中で閃光が弾け、夜空を引き裂いて咆哮が轟き渡る。


「竜伸、かさね、準備じゃぁ! じきに、そこへ行くぞ!!」


 比売神さまの声が響き、竜伸は銃を構えた。

 左ひざをたて、その上に銃を握った左腕を固定。銃床を右肩に当て狙いを定める。

 胸の高鳴りが銃口を揺らし、その度に竜伸は脇を締め、銃床をしっかりと肩に食い込ませる。

 かさねも竜伸ほどでは無いにしても緊張しているのだろう。竜伸の背中に添えた手に力が入っているのが姿は見えなくてもはっきりと感じられた。

 それでも、すかさず祭文を唱え始めた所はさすがである。


 高鳴る鼓動。


 喉が鳴るが呑み込むつばもないほど喉がからからに乾いていた。

 弛むことなくかさねは祭文を唱え続け、銃には霊力が満ちていく。

 体の底を揺さぶるような地響きが徐々に近づいて来る。

 時折、目の前の闇に沈んだ森の中を閃光が奔り、比売神さまの声が聞こえて来た。


 めりめりと何かが引き裂かれる音。


 耳をつんざく咆哮と比売神さまの相手を威嚇するかのような裂帛の気合が辺りに響き渡り、その音は徐々に大きくなってくる。

 その時、どーん、という音とともに目の前の木立が天高く吹き飛んだ。

 わらわらと、千切れた破片や葉が降り注ぎ――


 ついに、祟り神が現れた。


 赤く血走る目。

 低く轟くように響く唸り声。

 僅かに傾いた体は、竜伸をこの世界に引きずり込んだ際に負った傷のせいか。

 いずれにしても目の前の祟り神は、あの夕陽に照らされた畑で見た時よりも薄汚れ、傷つき消耗し   

 ――――凄みを増していた。


「竜伸さん!」


 祟り神のこめかみは、あの日と変わらずやはりぼんやりと白い光を湛えている。

 竜伸は、すかさず引き金を引き絞った。

 蒼く輝く閃光が銃口から飛び出し、まっすぐに祟り神に向かって行く。

 刹那の瞬間。

 そして――


 祟り神は、するりと身をかわした。




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