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「これで、皆との別れが済んだのう……」
「はい」
「祟り神を鎮めたら本当にお別れなんですね」
「「「…………」」」
かさねがぽつりと言った言葉に皆が黙り込んだ。
びょうびょうと吹きつけて来る風の音が四人を包み込む。
無言のまま、しばし時が過ぎた。
一緒に空を飛ぶ他の三人の顔を順に見つめて比売神さまは、静かに言った。
「別れは、始まりにすぎぬ。別れがあれば、次に必ず新しい出会いがある。どんな出会いも無駄にはならんし、どんな別れにも意味がある。例えそれがどんなに短い間のものであったとしてものう。わらわは、そう思うて人間より長いこの命を生きておる」
噛んで含めるような、否、比売神さま自身に言い聞かせているかのような、そんな言葉だった。
竜伸とかさね、そしていちかが比売神さまの横顔を無言で見つめた。
比売神さまの心なしか潤んだ瞳が、漆黒の闇を湛えた瞳が、皆の無言の問い掛けに応えるかのように竜伸とかさね、そしていちかに暖かなまなざしを注ぎ込んでゆく。
そんな比売神さまの瞳を見ていると、竜伸の胸の内をあたたかな物で満たされて行くような何とも言えない心地よさと同時に言葉に出来ない一抹の寂しさが交差した。
鼻の奥がツンとして目尻から何かが、ほろりと一滴吹き荒ぶ風に乗って飛んで行った。
(この人も、なんだかんだ言って……やっぱり神さまなんだな)
比売神さまの横顔を見つめて、この光景を自分は生涯忘れまいと竜伸は思った。
「竜伸、かさね、いちか。そろそろ着くぞ。用意はよいか?」
思いに耽る竜伸の耳に突然そんな声が掛かる。
「竜伸さん! あれ!」
かさねが前方を指差す。
彼女の指の先で小さな明かりが上下に揺れていた。
竜伸がすかさず尋ねた。
「比売神さま、あれは?」
「あれは、わらわの式神じゃ。付かず離れずで祟り神の傍におる。もう、祟り神はすぐそこじゃ」
竜伸の問いに答えるが早いか、凄まじい勢いで比売神さまは降下をし始めた。
すでに、眼下に街並みは無く大地は闇に覆われている。
「竜伸くん、もう月は見ちゃダメ。目を暗闇に慣らさないと」
いちかが黒々と息を潜める眼下の景色に目を凝らしつつ、竜伸に注意を促した。
なるほど、と竜伸もそれまでちらちらと見ていた月から目を反らす。
地表と比べれば、空の上は月があるせいで段違いに明るい。確かに地表に下りてから右も左も分からないのはまずいだろう。
竜伸は、目を反らすだけでなく、かさねといちかに倣って地表だけを見据えるようにした。
どれほどの高さに居たのか、下りるのに結構な時間が掛かっている。少し興奮気味だった一行には丁度いいクールダウンでもある。
徐々に目も慣れてきた。
地表が迫りつつあるのが感覚として感じられるようになる頃には、地表の様子も何となく分かった。
そこは、うっそうと茂る木々がどこまでも続く森林。遠くに微かに見えるこんもりとした影は、山地らしい。
びょうびょうと鳴り響いていた風の音が止んだ。
そして――――
「それ、到着じゃぁ!!」
「え? ちょ、ちょっ……ほああぁぁぁぁぁ!!!」
たまぎる竜伸の悲鳴をBGMに四人は、戦場となる土地へとにぎやかに到着したのだった。




