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「おう、丁度よかったのう」
金色堂の戸口をくぐったふたりに比売神さまは待ちかねたように声を弾ませた。
が、慌てて口を押さえると、そっと後ろを振り返る。
見れば、トランプの並べられたテーブルの前で、やよいに寄りかかってみくもが寝息を立てており、その向い側では、いちかが『乙女ノ友』と表紙に書かれた雑誌のページを物憂げにめくっていた。
入って来たふたりに向けて、やよいが唇の前でそっと人指し指を立てて見せ
「おかえりなさい。どうだったぁ?」
と声を潜めて尋ねた。
そんなやよいにかさねは、にっこりと微笑んでみせる。
「うん。とってもよかったよ。いちかちゃんもありがとね」
「ふーん。そっかぁ……まあ、よかったんならいいかなぁ…………。でもぉ……」
そう言ってやよいはかさねの顔を覘き込んだ。
ふむー、と頷いて今度は竜伸へ。
最後にいちかの顔を覘き込んでから、かわいらしく小首を傾げて腕を組む。
かさねやいちかとの付き合いが長いというこの年上の少女は全てお見通しらしい。
最後にもう一度竜伸とかさねふたりを交互に見ると悲しげな笑みを浮かべた。
「ふたりとも目赤いねぇ。お別れは、ちゃんと言えたかな?」
そんな問いを投げかけるやよいに、竜伸は硬直し、かさねは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
やよい自身も、そしていちかでさえもが、なぜか頬を若干赤らめながら竜伸とかさねを見つめている。
何やら、微妙な空気の漂い出した金色堂の店内。
そんな皆に、やれやれ、とそれまで脇で皆の会話を聞いていた比売神さまが割って入った。
「やよい、かさね、いちか、竜伸、呆けておる場合では無いぞ。祟り神が見つかったんじゃ」
「「え!!」」
思わず声を上げたかさねと竜伸に比売神さまが、そして、やよいといちかがそれぞれ真剣な表情で頷いた。
「うむ、ついさっき知らせが来てのう。そなたらにも知らせを出さねばと思うてはおったんじゃが、そしたら丁度そこへ、帰って来たと言う訳じゃ。まさにグットタイミングというやつじゃのう」
「比売神さま、祟り神は今どこに?」
「まあ、落ち着け、竜伸。知らせてくれたのは、近隣の乙女達での。何でも、山で行方の分からなくなった者を探しておる所にひょっこり現れたそうじゃ。今、わらわの式神達が付かず離れずでこちらへ誘導しておる。もうだいぶ近い距離の所におるようじゃ。それにほれ――」
と、比売神さまは、わずかに開けてある表の戸口から覘く夜空を指差した。
「月もちょうどよいあんばいで昇っておる。もうじき南中じゃろう。沈むまで、ちょうど二、三時間と言ったところかのう。なんとか間に合いそうじゃな」
「じゃぁ……」
「いよいよですね」
「うむ、支度をしてすぐにでも出ねばなるまい」
かさねといちかの問いかけに比売神さまは重々しく頷いた。
皆の顔に緊張がはしり、にわかに動きが慌ただしくなった。
かさねは、部屋の隅に置いてあった竜伸の銃を取り出し、やよいはもたれかかっていたみくもを並べた椅子の上にそっと寝かせて毛布を掛けてやると、戸棚の中から薬箱や地図を取り出した。いちかは、テーブルの上のトランプや雑誌を片付けると、懐から取り出した人形の紙片に何やら祭文を囁いて戸外に送り出す。
竜伸は、かさねに渡された銃を肩に背負い――――後は、特に何もする事がない事に気が付いた。
慌ただしく支度をする皆を眺める竜伸に比売神さまが微笑みかけた。
「暇そうじゃのう」




