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「女将さんは、みんなを辛抱強く説得し続けました。
それで、筆頭頭取である『川輪田のおうの』様が、おまえがそこまで言うのなら、って女将さんに妥協案を出したんです。
それが――あなたを現世の国にすぐ返す、その代わり無用な交流をするな、だったんです。
竜伸さん、この『黄泉の国』に住む人達もあなた達の世界に住む一般の人達がそうであるように限られた人しか、『現世の国』の存在を知りません。もう、とっくに気付いていると思いますけど、この世界は、あなた方の世界よりいろんな事が遅れています。
でも、それがこの世界なんです。
私は、仕事柄あなた達の世界についても通り一遍の知識はあります。正直便利で進んでいてすごいな、と思う事はあります。
でも、だからと言ってこの世界が、あなた達の世界の万物を取り入れてしまう事は危険なんです。
なぜなら、この世界は遅れた世界なりに、その調和が保たれているからです。
もし、あなた達の世界の事物がこの世界に入り込み広がってしまったら……これは、決して大袈裟なんかじゃないんです。比売神さまが個人で楽しんでいるひらひらの付いた服といったような物でしたら、さして問題ありません。
でも、もし、兵器や機械といった影響力の大きな物――必ずしも現物である必要はありません。
設計図やアイデアといった無形の物も含めてです――が広がってしまえば、この今の調和が、この世界なりの絶妙なバランスの上に保たれている思惑や力の均衡がどうなってしまうか……あなたにだって想像が付く筈です」
それに――と、いちかは、眉を顰めた。
「あなたはこの世界ではとっくに滅んでしまった筈の『鉄砲撃ち』です。
あなたの持っているその能力がどんなものかは、もう分かっているとは思いますが本当に桁はずれです。そして、だからこそ今のあなたの存在は、ふつうの人が連れてこられた案件以上に、この世界にとって、引いては、解決にあたる私達乙女にとっても危険なんです。
この手のよその世界から神さまが人を連れて来た、っていう案件は本当に厄介で、対応にはいつもすごく苦労しています。
もちろん、連れて来てしまった神さまをなんとかしなきゃいけませんし――」
と言ってから、いちかは、言いにくそうに顔を歪めた。
「なにより、連れてこられた人の記憶も消さなきゃいけません。記憶を消してこちら側の世界に留めておけば、最低限どちらの世界の人たちに対してもお互いの情報を遮断する事は可能ですからね」
「…………」
「竜伸さん。驚かれたでしょうけど、あなたが巻き込まれた今回の件は、元々は、私達にとってそういう処理をしなければいけない性質のものなんです。
だから、元締めをはじめとした『例会』の全員があなたを放置して祟り神に殺させようとしたんです。
それが、一番後腐れ無く、この案件を担当する乙女――かさねちゃんや女将さん、金色堂のみんなのことです――も危険にさらさずに済むから」
「でも、それを女将さんが説得してくれて――」
「ええ。私を監視に付け、あなたの言動を見張り、もし、最悪の場合には……というさらに厳格な条件を課した上で、女将さん達があなたを助ける事が了承されました」
「そうだったのか…………」
茫然と佇む竜伸に、私の話はこれで終わりです、と一言付け加えて、いちかはかさねの隣に身を寄せて欄干に寄り掛かった。
「かさねちゃん。私の話は、終わりだよ。私の言いたかった事は、全部言ったから、あとはかさねちゃん……自分の伝えたい事言っておきなね。私、先に金色堂に戻ってるから。竜伸さんに伝えたい事があるなら、これが最後のチャンスだよ」
「…………よ」
かさねが小さな声で呟いた。
いちかが、かさねの背にそっと手を寄せ、顔を覘き込む。
「かさねちゃん?」
「言いたい事……話したい事……いっぱい…………いっぱいあるよ」
「かさねちゃん……」
かさねは、何度か手で顔を拭うと欄干から手を離し二人に向って振り返った。




