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あおいは、第一ボタンまできっちりと閉め終わった竜伸の学生服の肩を満足げにポンポンと叩くと少し残念そうに肩を竦めて微笑んだ。
「先生に一人で片付けさせるわけにいかないでしょ、竜伸ならともかく。それに会長とか先輩たちもまだ残ってるんでし……あと、三十分くらいだと思うから、帰ったらお母さん達に言っといてくれるかな?」
「たくっ……。まあ、ともかく――俺の方でも伝えるけど、おまえの方でも母さんとばあちゃんに連絡しとけよな。あと……あんまり遅くなるなよ」
竜伸の言葉に「うん」と、あおいは素直に頷き
「竜伸も気をつけて帰るんだよっ。知らないおじさんに付いて行っちゃったり、道に落ちてるもの拾って食べたりしたらダメなんだからね?」
「俺は幼稚園児かっ! とにかく――あばよ、後でな」
「ふっふっふ、あばよーっ。また、後でね~」
ったくなぁ……と、憤懣やるかたない竜伸にあおいは、にこっ、とウィンクしてみせると校舎の中へと消えて行く。
竜伸と違ってあおいは校舎の中が暗くても明るくても関係ないらしい。
やーれやれ、と竜伸は、遠ざかる同い年の姉の後ろ姿にわざとらしく苦笑した。
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うーん、と伸びをしつつ校門を抜けた竜伸は、学校の南西方向に延びる畑の中の一本道を歩く。
竜伸達の通う高校は、東京に近いこの辺りの学校では珍しく四方を畑や森に囲まれた野趣あふれる学校だ。
竜伸の歩いているこの道もその両脇には広大な畑が広がっており、一面を覆うにんじんの葉が折からの暮れかけた日の光の中であかね色に輝いている。
心地よい風に吹かれながら、竜伸はのんびりと歩く。
あおいが追いつくかも知れないというのもあるが、なんだか急いで帰るのがもったいないような気がしたのだ。もっと、この時間を味わっていたい。このまま過ぎ去って行ってしまうのうが惜しいような、そんな気がした。
俺らしくもないな――――竜伸は誰に言うでも無く首を振る。
あおいに言ったら、また笑われそうだ。
と………………何かがぴたりと止まった。
それは、本当に突然のことだった。
急に漂い始めたその只ならぬ気配に竜伸は立ち止まる。
鳥たちが木々から一斉に飛び立つのが視界の隅に見えた。
あたりには、相変わらず心地良い風が吹き、緑が凪いでいる。
しかし、さっきまでとはあきらかに何かが違う。
そう思った瞬間、空が真っ暗な闇に覆われた。
突然の事に驚く竜伸をあざ笑うかのように、その空には満天の星まで瞬いていた。
(ウソだろう?)
目を擦り、首を振るが事態に変化はない。星々が煌煌と輝き、眩しいほどだ。
落ち着けと言い聞かせつつ目を閉じ、大きく深呼吸。
何度か息を吐いてゆっくりと開いた目の先には――何の事は無い、先ほどまでの夕焼け色の空が広がっている。
何だったんだ、今のは?




