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目の前に皿の置かれる音がして竜伸は、慌てて顔を上げた。
真っ白なテーブルクロスの上には、銀色に輝くフォークやナイフ。そして、いかにも高そうな陶磁器製のポットや取り皿が並んでいる。
黒いベストを着たウェイターは、優雅な仕草で向かいに座るかさねの前にも竜伸と同じ料理の皿を置いた。かさねは、ウェイターに軽く頭を下げると、目を輝かせて感嘆しきりと言った様子でテーブルの上に置かれた料理を眺め、うっとりとした表情を浮かべる。
料理の知識に疎い竜伸には、どこの国の料理と明確には分からないが敢えて言うなら、漫画やドラマでよく見るタイプのフランス料理に目の前の肉料理は近いのではないかと思った。
赤身の残る断面を見せて薄く切り分けられた肉が花びらのように皿に盛られ、皿の上に描かれたソースによる美しい模様が料理に彩りを添えている。
ウェイターは無表情なまま、上品に一礼すると元来た道を戻って行った。
かさねがそっと竜伸に囁いた。
「おいしそう。さあ、食べて下さい」
「ああ。でも、こんな豪華な料理にありつけるなんて、なんかみんなに悪い気がするな」
「いいえ、これは壮行会――ふたりしかいませんけど――も兼ねてるんですから遠慮しないで下さい。ほら、竜伸さん!」
そう言うなりかさねは、ナイフとフォークを器用に操り、料理を口に運ぶ。
それでは、と竜伸も料理にナイフを入れた。
「う、うまっ! すんげぇぇ、うまいな!! なにこれ!!!」
「もう、竜伸さんたら……」
かさねが顔を赤らめながらくすくすと笑った。
細めた瞳に映ったキャンドルの炎がゆらゆらと揺れている。
キャンドルの仄かなあかりに照らされたかさねはとても綺麗だった。
そして、そんな彼女の発するささやくような言葉の一言一言が耳に心地よく、何とも言えない幸福感が竜伸の胸を満たして行く。
これ以上、かさねを見つめていると想いのたけをこの場で叫んでしまいそうでなんだかこわい。
胸一杯に満ちる想いを噛みしめつつ、竜伸はかさねからそっと視線を外して店内を見渡した。
店の中は全体的に照明が控え目で、それぞれのテーブルの上で瞬くキャンドルと壁の柱ごとに配置されたクリスタル製の間接照明が醸し出すやさしい光が包み込むように人々を照らしていた。
一見豪華でありながらも、隅々まで神経の行き届いた品の良い調度品の数々に囲まれ、どことなくロマンティックな雰囲気の漂う店内はカップルの姿が目立つ。
見れば竜伸達の両隣のテーブルもやはりカップルだった。
どうやらこの店は、この街でも有数のデートスポットらしい。
入ってみるまで竜伸には見当もつかなかったのだけれど、本当は結構有名なのかもしれない。
そもそもこの店に入ろうと言い出したのは、他でもないかさねだった。
街までバス(木炭で動く車なんて初めて見た)で戻った竜伸達は街の入り口で比売神さまと別れ、一端、金色堂に荷物を置きに戻った後、ああだこうだと店を物色した末にこの店に入ったのだが……。
「この店がいいですよ。絶対です。いいえ、ここしかありません。ここじゃなきゃイヤです。ここで決まりです。お願いします。ねっ……竜伸さん」とかさねがいやにこの店にこだわっていたのを思い出す。
(なんか、デートみたいだな……)




