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「よかったですね」
「ああ。でも俺がもらっちゃってかさねの分が減ったりしてないか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。二人とか数人で一件の依頼を請け負う事も結構あるんですけどその場合、料金は一人あたりいくらって言う計算になりますから。心配しないで下さい。でも……ありがとう、竜伸さん」
かさねの言葉に比売神さまも、うむうむと頷いた。
それでは、と竜伸が尻のポケットに封筒を入れると、かさねも懐にそっと封筒をしまい込む。
「さあて、いつまでも屋根の上におる訳にもいくまい」
比売神さまが二人を促した。
銃を肩に背負いなおし、そろりそろりと歩き始めた竜伸の手を慌てて比売神さまが掴みその反対側の手をかさねが掴んだ。
「なんですか、比売神さま」
「そなたこそなんじゃ、かさね」
仄かに顔を赤らめて、口をとがらせるかさねに比売神さまが悪戯っぽい笑みで応えてみせる。
かさねはますます顔を赤らめた。
「私は……私は、竜伸さんが転んだりしたら危ないな、と思って…………その……」
「その?」
「危ないなって……」
「……それだけか?」
「そ、そ、それだけです。それだけですってば……。危ないんですよ。そうです、危ないんですよ、屋根の上は斜めなんですから!」
耳まで真っ赤にして力説するかさね。
比売神さまは、そんなかさねの顔を見つめて、ふっ、と小さな吐息を一つ吐くと、竜伸の手を離し、ダンスでも踊るかのようにくるり輪を描いて回った。
そして、竜伸の背後へ回り込むと、とんっ、その腰のあたりを両手で突く。
比売神さまの突然の行動に「ほわぁ!」とよろけた竜伸が、たたらを踏み、何とか踏ん張ろうと足を踏み出した。
が、そこはかさねも言う通り屋根の上の事であり、当然のことながらそこは斜めなのだ。踏ん張り切れない竜伸がバランスを崩し、その体が階下へ向って崩れ落ちる。
あわや!
――と思ったその時、かさねが咄嗟に跳び付いて竜伸の体を支えた。
「あ、ありがとう……」
「いえ……。どういたしまして……」
唇が触れ合いそうなほどの距離だった。
震える吐息が互いの耳朶や胸を打ち、互いの胸の鼓動まで聞こえるほどにふたりの距離は近かった。
赤らんでいたかさねの顔がこれ以上赤くなりようが無いほどさらに真っ赤になり、竜伸の顔も朱に染まったかのように赤くなった。
竜伸の思いの他厚い胸板に顔を埋める形となったかさねと、そのか細い肩を抱く形になった竜伸。
ふたりが思わぬ事に凍りつく中、比売神さまは、なにやら、むふむふとほくそ笑む。
無言で見つめ合い凍りつくふたりに、先に行くぞと声を掛け比売神さまは歩き出す。
そして、地面から立てかけられたはしごの手前まで来るとくるりと誰もいない背後へ振り返った。
「案ずるな。全ては、明日の宵までの事じゃ。それに、そなたもかさねが喜ぶ姿を見るのは悪い気はせんじゃろう?」
まあ、そなたの言いたい事も分からぬではないがの、と誰とも無く言い置き、比売神さまは、よっこらしょ、と下り始めたのだった。




