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夕日の国のファンタジア  作者: 生田英作
第1部
40/358

[40]

 

 ――。

 ――――。

 ふと、気が着けば銃身には十分以上の霊力が満ちていた。

 


 我に帰った竜伸の肩をかさねが後ろからきゅっと掴む。


「ぼーっとしてたらダメですよ」


 頬にふんわりとした笑みを浮かべてわざとらしく怒ってみせるかさねに、竜伸は苦笑しつつ頷いた。

 竜伸はゆっくりと身をかがめて銃床を肩に当てた。呼吸を整え、狙いを定める。背中越しに感じるかさねの存在がなんとも心強い。

 目を凝らすと銃口の先に狂気に蝕まれくるくると回る哀れな人形が見えた。


「竜伸さん、落ち着いて。昨日やった通りにやれば大丈夫です」


 かさねの吐息が耳を撫でる。

 そのやさしい声に今までどれだけ助けられただろう。短い時間しか過ごしていないふたりなのに、もう何年も一緒にいるかのような錯覚を覚える。 

 竜伸は心を鎮め『魔心眼』の能力を最大限に引き出すべく精神を集中させた。

 焼けるような大気の中に静かな闘志が満ちてゆく。

 人形の胸のあたりがぼんやりと光り始めた。


「見えた……」


 竜伸は引き金にそっと指を添える。

 ゆっくりと細く息を吐きつつ引き金を引いた。

 蒼い炎が煌き、乾いた音が辺りに轟く。

 そして――刹那の瞬間。

 発射された蒼い光がまっすぐ人形の胸を貫く。

 痺れるような静寂の中、人形はゆっくりと力尽きるように倒れた。

 静まりかえった屋根の上でふたりは身じろぎもせず事のなりゆきを見守った。

 うるさいぐらいに降り注ぐ日差しを縫って風がゆっくりと頬を撫でて通り過ぎて行く。

 人形は動かない。

 視線はそのままに竜伸はゆっくりと銃を下ろした。

 ややあって、かさねがそっと告げた。


「お見事です、竜伸さん。怨霊を祓いましたよ……ふたりで」


「ああ……」


 これまでに感じた事の無いぐらいの達成感。倒れた人形を回収すべく屋根の上を慎重に歩いて行くかさねの背中を見つめながら胸の内に熱いものが満ちて来るのを押さえられない自分がいた。竜伸は、そっとしゃくりあげると目が痒いなあとでも言うように指で目頭を撫でた。

 人形を取って戻って来たかさねが怪訝そうにそんな竜伸の顔を覘き込む。


「…………」



「竜伸さん?」


「…………」


「あれ、もしかして泣いちゃいそう、とか?」


「ち、違う…………ことも無いけど違う。あんま見るなよ」


「ふふん?」


 顔を覘き込みイタズラっ子のような笑みを浮かべるかさね。

 だが、そんなかさねの瞳にも――


「泣きそうなのは、かさねだろ?」


「え? あの、その……いいえ、そんなこと無いです……無いったらないです。ホントです……ホントですってば」


 手をバタバタと振り顔を赤らめそっぽを向くかさね。なおも、竜伸が覘き込もうとすると


「もう……竜伸さんのばか……」


 ぽこん。かさねの手が竜伸の肩をそっと突いた。

 顔を赤らめた少女の髪がわらわらと風に踊り、その背後に広がる街の景色がぼんやりと滲んで見えた。

 竜伸は、改めてかさねに言った。


「ありがとう、かさね」


「え?」


「かさねがいてくれたから出来たんだ。撃ち方を教えてくれたのだってかさねだし、今のだってかさねの霊力があったから撃てたんだ……。それに……それに、俺は…………」


 ふたりの距離がゆっくりと縮まってゆく。

 竜伸を見つめるかさねの唇が何かを求めるように小さく開き、澄んだ瞳が震えた。

 しばしの時が流れ、竜伸の胸の鼓動が徐々に高鳴っていく。

 竜伸の唇が、かさねに応えるかのように微かに開きかけたその時――――



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