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「わっ!」
「ほわあぁぁ!」
躍り出た黒い影に竜伸は、思わず飛び上がった。
優に三メートルは飛び退いたであろう竜伸が、完全無欠の及び腰で声のした方をそっと窺うと、クスクスと可笑しそうに笑う女子生徒の姿が。
肩まで伸ばしたストレートの黒髪と額の上の白いカチューシャ。若干の幼さを残しながらもよく整った顔立ちと小気味よく光る鳶色の瞳を持つ白いセーラー服姿のその女子生徒は幼馴染の腐れ縁――などではなく(残念!)竜伸の双子の姉、神代あおいだ。
お、おまえかいっ!
「竜伸ったら、『ほわあぁぁ!』だって」
あおいは、さもおかしそうに再びクスクスと笑った。
ちなみに、竜伸の事をあおいは「リュウシン」と呼んでいるが、これはなにもあおいに限ったことではない。覚えていないほど昔から、あおいにこの呼び方で呼ばれ続けた結果今では皆が「リュウシン」と呼ぶ。
現在、正しく呼んでもらえるのは担任が出席を採る時くらいのものだ。
あーおかしい、とつぶやいて満足したのか、次に竜伸の服装に視線を転じたあおいは上から順に竜伸を眺めて「う~ん」と眉をひそめる。どうやら竜伸の本日の装いは、生徒会書記でもある姉のお気に召さなかったらしい。
あおいは、首を振りつつ弟の体に手を伸ばし
「……顔はともかく服装は大事なんだからね。ほら、お姉ちゃんに任せなさ~いっ!」
「いや、いいって、自分で出来るって! あと……さらりと俺の顔をけなすな」
全開になっている竜伸の学制服のボタンを下の方から順に閉めてやりつつ、あおいは、ふにーっ、と嬉しそうに微笑んだ。
「う~ん。顔のパーツは悪くないんだけどな~……でも、大丈夫だからね、竜伸っ! オムコさんなんかなれなくてもお姉ちゃんのゲボクにしてあげる。ほら、笑って、竜伸」
「うるさいわ、バータレ! よしんば一生独身でもおまえの下僕になんぞなるかい!」
「も~っ、素直じゃないんだから。でも、竜伸にお嫁さんなんて来たら、お姉ちゃん困るな~。だって、誰がお姉ちゃんのワガママ聞いてくれるの?」
「知るかっ! つーかワガママだって分かってるならなんとかしろよ!! もう、生徒会の手伝い以外は一切しねぇからな! 本当だぞっ。コンビニにパンストも買いに行かないし、テニス部の部室のゴキブリ退治もしねーからな!」
「もーっ、竜伸のイジワルっ! 竜伸だって、昔言ってくれたんだよっ。覚えてる? 『ボク、大人になったらあおいのゲボクになるよ。お姉ちゃんに尽くすことがボクの人生のヨロコビだよ』って」
「言ってねーよっ! おまえが、俺のお嫁さんになるって言ったんだろう!」
「まあまあ、落ち着いて、竜伸。昔のエライ人も言ってるよ。『形整って中改まる』って。だから、これからなればいいんだよっ! お姉ちゃんの召使、いえ下僕、もとい、奴隷、もとい、スレイブにっ!」
「言い直すごとに悪くなってるし、最後の二つは一緒だ! 俺は、生徒会の手伝いで、それ以上でもそれ以下でもねーよ」
そこまで言って竜伸は、「やれやれ」と首を振る。
事の始まりは、二年になって突然、あおいが生徒会の役員になったことだ。それ以来帰宅がえらく遅い時があり、たび重なる家族会議の結果(ばあちゃんにどつかれて)あおいがなるべく早く帰宅できるようにと竜伸が生徒会の仕事を手伝い始めたのが二週間程前のこと。
それ以来、生徒会の諸事情とあおいのワガママやらなんやらに引きずられて竜伸もそこそこ忙しい日々を送っている。
この日も、中間テスト後に遅ればせながら行われる新入生歓迎会に使用するビデオの編集作業を手伝っていたのだ。
「で――おまえ戻るのか?」




