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「こんな事は、めったにない事です。
私は、あの日停車場で凍死していても不思議じゃ無かった。悪い人達に連れていかれても不思議じゃ無かった。そう、運がよかっただけなんです。失った家族を再び手に入れるなんて、しかも向こうから来てくれるなんて。本来絶対に無い事です。
それは、黄泉の国でも現世の国でも同じはずです。
だから……いま、ご家族がいるなら、失ったら絶対にダメです!
何人たりとも心配して待っている竜伸さんのご家族から竜伸さんを奪っちゃいけないんです。
――――私が経験した怖い思いを、さみしい思いを、私は竜伸さんや竜伸さんのご家族に味わってほしくないんです。だから、だから私は……竜伸さんに現世の国に、ご家族の元に無事に帰ってほしいんです」
そこまで言ってかさねの顔が真っ赤に染まった。
すみれ色の瞳が恥ずかしそうに竜伸を見つめている。
竜伸はふっと息を吐いた。
「そうだったんだな…………。ありがとうな、ほんとに。それなのに、弱気になったりして悪かったな……ごめん」
「いえ、そんな……。わたしの方こそ、なんか途中から訳わかんなくなっちゃって……ご迷惑だったりしてませんか?」
竜伸は、かさねの手を強く握りしめると、彼女の瞳をまっすぐに見つめて小さく首を振った。
「んな訳ないさ。ありがとな。俺は、もう大丈夫。うん、大丈夫だ! あとはとっとと銃を撃てるようになって祟り神の野郎をぶっ飛ばすだけさ」
「ぶっ飛ばす……って……。ふふふ。そうですね。そうですよね、ぶっ飛ばしましょう、竜伸さん! 私の『霊力』と……」
「俺の『魔心眼』で!」
ふたりは顔を見合わせ同時に笑った。
必ず上手く行く、そんな予感がふたりを勇気づけ、霊力を持つ少女の瞳と魔力を持った少年の瞳が互いを見つめて小気味よく光っていた。
いま、ふたりは確心した。
竜伸とかさねなら出来る。
どんなに困難でも、どれほど辛くても、もう恐れる必要はない。
ひとりじゃないから。
かけがえのない相棒が隣にいてくれるから。
紅茶が冷めるのも構わず、再び竜伸に霊力を銃で撃つ方法について教え始めるかさね。
そして、一言たりとも聞き逃すまいと彼女を見つめ真剣な表情で頷く竜伸。
時が経ち射撃場の明かりとりの窓が黄金色に輝き始める。
時計の針が、熱心に時を刻んでいた。
無謬の時がふたりの間を駆け抜けてゆく。
満を持してふたりは再び射撃場に立った。
銃を握る少年の背中に手を添えて懸命に祭文を唱える少女。少女の期待に応えようと銃を構える少年。窓から差し込む光がふたりを包み込み、森閑とした射撃場の空気がふたりの事をひっそりと息を詰めるようにして見つめている。伏し目がちなまなざしの中でひと際澄んだ光を湛える少女のすみれ色の瞳と強い意志を宿した少年の燃えるようなまなざしがまっすぐ前を見つめている。
ふたりの姿に迷いはない。
運命を見据え前へ進もうとする強い想いが銃口の遥か先を貫いていた。
ふたりの様子を知ってか知らずか、うっつら、うっつらと船を漕いでいた比売神さまの顔には小さな笑みが浮かんでいる。
そして――――
射撃場にひと際大きな銃声が響き渡った。




