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「そう、堅くなるでない。もそっと気を楽にな。リラックスじゃ」
と言って比売神さまは手をブラブラと振ってみせる。そうは、言っても銃を初めて握る身としてはいったいどうやって撃つ物なのか正直見当もつかない。しかも、通常の弾丸を撃つのではない。霊力を撃てというのだ。未だ一発たりとも満足に撃てていないのも無理はないだろう。
しかも、こうしている間にも期限は刻一刻と迫って来ている。のんびりしている余裕は無いのだが、そうは言ってもな……と、竜伸は後ろの少女を振り返った。
背中に手を添え霊力を供給し続けてくれているかさねの額には汗が滲んでいる。
「ごめん、疲れたろ」
そっと尋ねる竜伸にかさねはかぶりを振り、ふんわりと微笑んだ。もう、二時間近く撃ち続けているのだ。竜伸自身の魔心眼は、使っているという自覚もあまり無いぐらいなのだが(比売神さまが言うには、能力が強大だとそういうものらしい)かさねは、そうもいかないようだ。
言外の意味を込めて見つめる竜伸に比売神さまも察してくれたらしい。
「ちょっと休憩じゃ」
比売神さまが「うーん」と伸びをする。
かさねは竜伸に向かって小さく頷くと、射撃場の隅へと小走りに駆けてゆく。
射撃場の隅には木製のテーブルとイスがいくつか置かれている。かさねは、その脇に設置された簡易コンロの前に立ち、やかんに水を入れてコンロに掛けると、テーブルの上に伏せて置いてあったカップやソーサーを並べてお茶の準備をし始めた。かさねの後ろをとことこと歩いて行った比売神さまは、例によってイスによじ登るようにして座ると、小さな体を再び「うーん」と伸ばしてかわいらしいあくびを漏らす。
射撃場の柱の時計の鐘が、ぼーんぼーんと鳴って、今がちょうど三時である事を告げた。
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かさねが淹れてくれた紅茶を一口飲んで竜伸は、「ほう」とため息を吐いた。
大きなカップになみなみと注がれた紅茶は、いい香りがしてうまかった。が、紅茶を飲んでのんびりしている事が、なんとも言えず今の竜伸には辛かった。
こんなことをしていていいのか、という気持ちが体の中でどんどん膨れ上がって来る。
祟り神を鎮めるリミットまで、本当に幾ばくもないのだ。
にも関わらず、未だ一発たりともまともに銃を撃つ事が出来ていない。
リミットは次の満月が沈むまで。
次の満月は明日の夜。
今、この時からカウントして一日弱という短い時間で技を身に着け、祟り神を探し出し、そして鎮める――口で言うのは簡単だが容易なことではない。昨日の夜感じた希望が何やら非常にあやふやな物のように思えてくる。
(こんなことで、本当に帰れるのかよ…………)
竜伸は冷めた表情で射撃場の冷たい床を見つめた。打ちっ放しのコンクリートの床が、ひどく寂しげでやるせない。
どれくらいそうして床を見つめていたのだろうか、ふと、気が着いて目を凝らすと――――かさねが竜伸の顔を覗き込むようにして見つめていた。
「竜伸さん、弱気は禁物です。私が、いえ、私達が必ず帰れるようお手伝いします。だから――――」
かさねは控え目な胸を精一杯張って、
「どーんと、大船に乗ったつもりでいて下さい」
ぽすん、と叩いた。
ああ、と弱々しい笑みを浮かべてみせる竜伸。
だが、その沈みこんだ表情は、いくら当人が努力して笑ってみせても誰の目にも空元気にすら見えない代物。真冬の曇り空のような物だった。
かさねは、射撃場の片隅に重ねて置いてあったイスを一つ引きずって来ると竜伸の隣にそっと腰を下ろした。そして、ためらいがちに言った。
「やっぱり、私じゃダメですか?」




