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「では、竜伸さんの銃も決まったことでございますし……」
金村比古神の言葉に比売神さまが頷いた。
先の四つの銃とは、明らかに異なる色鮮やかなラシャ地の布で包まれた銃が机の中央に置かれている。皆に向けてこっくりと頷くと、金村比古神は、まるで舞いを舞うかのような手付きでひらりひらりと包みを解いてゆく。
やがて、覆っていた布が取り払われその銃は現れた。
「………………」
その銃を一目見て竜伸は息を呑んだ。
美しい――それが、第一に抱いた印象だった。
その銃には、銃の要所々々に金色に輝く金属部品が使われていて、木製の部分も色鮮やか。銃床も傷一つなく完璧に磨きあげられており、見た目は、先に見た四丁よりも確実に洗練されている。
だが、それが全てでは無い事は先に竜伸自身が経験したばかり。この銃も、やはりそうらしい。
なによりもその身に纏う雰囲気の神々しさ。
余人の接近を拒む荘厳さがその銃には満ちている。
(これが――――『神器』)
吸い寄せられるかのように、その『神器』へ竜伸の手が伸びてゆく。触りたい、と思ったかどうかまったく定かではない。しかし、その銃に魅入られたように竜伸の手は躊躇うことなくその神々しさに抗って、余人を阻むその神意を超越して銃に向かって行く。
そして――――
「あっ!」
焼けるような痛みが指先に奔った。それまで傍らの比売神さまとかさねの二人に向けて何事か話していた金村比古神が異変に気付き、慌てて竜伸の手を神器から引き離す。
竜伸の指先を何度も確認しつつ金村比古神は苦笑した。
「お気を付け下さい。神器は、人が使う物ではございません。特に小宮浜比売神さまほどの神のお使いになるものでしたらなおさらでございます。
不用意に触れば、手を怪我するどころか命にも関わって参ります。事前に申し上げておくべきでした」
竜伸の指がなんとも無かった事に一同安堵の息を漏らした。
そんな騒動の中にあっても銃は、相変わらず何事も無かったかのように鎮座していた。
揺るぎない圧倒的な存在感。
銃に漂う緊張が、銃に漲る高揚が、辺り一帯を覆ううるさいほどの静寂という一見矛盾する状態を世界の不変の真理であるかのように感じさせる。
かさねの喉がごくりと鳴るのが聞こえた。
竜伸自身も背筋に感じる戦慄を止められそうもない。
そんなふたりの見つめる中、比売神さまはゆっくりと前方へ手を伸ばした。
机の上の銃がゆっくりと宙に浮かび、そのまま空中を移動して比売神さまの手の中に納まった。すると、その途端、銃が淡い金色の光をその身から放ち始め、機関部が大きな音を立てる。何度かガチャ、ガチャンと鳴った後、最後に一際大きな音がして銃を覆う光が一瞬辺りを覆うばかりに輝いた。
それは――――まさに咆哮だった。
神器と言う名の怪物が神の手の中でその力を持てあますかのように、その力の開放をせがむかのように溢れんばかりの気迫をその身から放っている。
比売神さまは、愛おしげに銃を撫で、小さな溜息を吐いた。
「元気そうじゃな、『真心銃』」
比売神さまの言葉に応えるかのように銃の機関部がまた音をたてる。
「マシンガンって言うんですか?」
「ははは、奇しくも機関銃の呼び名と同じじゃな。そなたの世界では、マシンガンの呼び名の方がより使われておるのかのう? 無論、その事を念頭に置いて名前を付けた訳では無いんじゃ。わらわの気持ちを込めた渾身の一撃を、快心の一撃を撃たせてほしいと願って付けた名前なんじゃ」
いつに無く熱ぽく語る比売神さまの言葉に引き込まれるように竜伸とかさねは、銃を見つめた。まるで、人に語りかけるかのように銃を見つめ、言葉を紡ぐ比売神さま。
その姿は、まるで……そう、まるで銃に祈りを込めるかのよう。
今、目の前にあるのはそんな比売神さまの想いが込められた銃――『神器』なのだ。
「心を込めて撃つ銃……だから『真心銃』」
神器を見つめながら、かさねがぽつりと呟いた言葉に比売神さまは、仄かに顔を赤らめたのだった。




