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「「え?」」
きょとんとする竜伸とかさねに金村比古神は、いやいやと手を振った。
「やはり、そうなのでございますね。あなた様の事は、神々の間でもすでに噂になっているのでございますよ。
『鉄砲撃ち』の方々が姿を消して幾星霜。
もう巡り合う事は無いだろうと私を含め誰もが思っておりました。ところが、そこへ現れたのが、竜伸さん、あなた様なのでございますよ。
しかも、竜伸さんは、銃を持っていなかったにも関わらず祟り神と戦ったというではございませんか。
これは、『鉄砲撃ち』の中でも類まれな力をお持ちだからこそ出来る事。
まさか再び出会えたと思ったらこれほどの力を持つ御方なのですから、皆が興奮するのも無理はございません」
丁寧に真ん中で分けられた白髪と黒い丸縁のメガネ。その二つの乗った深い皺の刻まれた顔に浮かぶ安らかでありながらも凛とした気品は、この神が根っからの職人であり商人である事の証だろう。
今その顔に子供のように無邪気な喜びが溢れていた。
「ふむ……。じゃが、そなたが喜んでおるのは、それだけではなさそうに見えるがのう」
どうじゃ?
そう言っていたずらっぽく微笑んだ比売神さまに金村比古神は苦笑交じりに静かに頷いた。
「はは、やはり小宮浜比売神さま相手に隠し事は、むずかしゅうございますな。
小宮浜比売神さまは、二十年に一度ほどの割合で乙女の方をお連れになっておられますが、ちょうど二十年前にお連れになられた子の事を私は今も忘れられません。
あの子はたしか……『一万田のさくや』さん……とおっしゃいましたか。
黒髪の綺麗な、気の強そうな澄んだ目をした女の子でした。
あの日のさくやさんもやはりとても緊張されておりました。そして、あの日の後は、ここにあなた様と一緒にお越しになる度にケンカばかりされておられましたな。
一度などは、声がするので店の前に出て見たら、お二人が互いのほっぺたをつねっておられるではありませんか。皆で何とか宥めておりましたら、しまいには、お二人とも泣きだしてしまって……。
それなのにと申しますか、それでもと申しますか……お二人はいつも一緒でございましたな。いつも一緒にいらっしゃって、ケンカをして、仲直りして、一緒に帰って行かれる。
今でも、時折あの頃のお二人の姿が目に浮かぶのでございますよ。
小宮浜比売神さまと連れ立つかさねさんのお姿を拝見していて、その事を、ふと、思い出しました次第で……」
そう言って金村比古神は、照れ臭そうに微笑んだ。
竜伸の隣にいたかさねが「女将さん……」と愛おしげに呟く。
比売神さまも昔の事を思い出していたのかもしれない。
手に持った日傘の柄をそっとなでながら言った。
「そなたには、話しておらなんだか…………さくやは、いま乙女の元締めをしておってのう。そこなるかさねは、さくやの一番弟子なのじゃ」
「ああ、そうでございましたか……あの子が乙女の元締めに。そして、かさねさんは、その一番弟子で……。そうでしたか………………。それは、ようござりましたな。まことに……まことに、ようござりました」
金村比古神の目が心なしか潤んでいた。
だが、いくらもしない内に自分の反応が恥ずかしかったのか、うっすらと自嘲気味の笑みを浮かべながら鼻を何度かこすって三人の方に向き直り居住まいを正した。
「ふふ、どうもいけませんな……私もヤキが回りましたかな。それはそうと、かさねさん、今後ともよろしくお願い申し上げます。竜伸さんも、どうぞよろしく」
再度、頭を下げる金村比古神に二人もすかさず頭を下げた。




