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ホールをぐるりと囲むようにして設けられた回廊の二階。
レトロなエレベーターを降りたちょうど目の前。
鈴や手鏡、ご幣といったものがおしゃれなショウウインドウに並べられた至ってこじんまりとしたその『店』が今日の目的地だった。
「祭祀、依り代、各種神器お取り扱い、個別のご注文も賜りまする……敷島屋。ここって、もしかして……」
「そうじゃ、そなたのような乙女やわらわ達のように怪異を祓い、神を鎮める事を生業とする神達の強い味方。この世のあらゆる神器と祭祀用具を扱い、『この店に無いものは、この世には無い』とまで言われる名店、敷島屋の両替屋分店とはここの事じゃ!」
比売神さまの言葉にかさねが声にならない歓声をあげた。
顔が上気し、その瞳が今にも随喜の涙を流さんばかりにせわしなく瞬いている。
いつの間にか握りしめた竜伸のワイシャツの裾をもみくちゃにしつつかさねはなおも全身で喜びを噛みしめているようだった。
もみくちゃのワイシャツのしわをそっと伸ばしながら竜伸はかさねの真っ赤に上気した耳元にそっと尋ねる。
そんなに小さな声で話さなくてもよさそうなものだが、いかんせんこの場の雰囲気は街中での気楽な会話が許されないような気がしてならないのだ。
なんと言うか……格式の高い神社にでもお参りしているような感じがする。
「ここってそんなにすごい店なのか?」
「すごいなんてもんじゃないです。私達、乙女のあこがれのお店です。
神さまの『お守』をする乙女の中でも、霊力が卓越していて実力があって、なお且つその神さまが認めてお店へ紹介してもらえた人しか行く事の出来ない幻のお店なんです。
普通、神さま相手のお店に―― 一階にあった両替屋は別ですよ、お使いで行く事もありますから――人間が入る事は出来ないんですけど、このお店だけはその特別な乙女が入る事が許されているんです。
今までにこのお店に来る事の出来た乙女はいくらもいないって聞いてます。ちなみに、女将さんは来た事があるみたいなんです」
はああん、と熱い吐息を漏らして瞳を輝かせていたかさねは、やおら比売神さまの小さな手を握った。
「いつもワガママいっぱいで、口うるさくて、勝手な事をして私を困らせてばっかりですけど……ありがとうございます、比売神さま。私の事をお店に紹介してくれるなんて本当に、本当にうれしいです」
「うむ、なんというか……その、まあ……なんじゃ、そなたには世話になっておるし、そもそも霊力や実力というなら、もう少し早く連れてきてやっておいてもよかったくらいじゃ。でも喜んでもらえるなら、わらわもうれしい。まあ、話の続きは中に入ってからじゃ」
「あのう、比売神さま?」
「なんじゃ?」
「俺は、『日女の乙女』じゃないんですけど……いいんですか?」
おずおずと尋ねる竜伸に比売神さまは、にぱっと笑った。
「そなたら『鉄砲撃ち』は特別と昨日言ったじゃろう? それは、力だけの話ではない。こういう場所での扱いもまた特別なんじゃ」
要するに入ってよいということらしい。
ほれ、行くぞ、と比売神さまがふたりの手を引いた。




