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「…………」
竜伸は、記憶の糸を辿って行く。
やがて、その時の事がありありと脳裏に浮かんだ。
(そう、俺はあの時、『こめかみ』を思い浮かべた。そして、そこに当てるんだと理解した。いや、悟ったんだな、あれは。つまり、俺は当てるべくして投げ、こめかみに当てたんだ)
「比売神さま、確かに俺は、あの時こめかみを狙って投げ、そして『当てた』んです。こめかみを狙うべきだと思って」
「その時、祟り神に何か見えなんだか? そう、そなたが石を『当てた』というこめかみのあたりじゃ」
もう、考えるまでもない。
あの時のあの光景が、竜伸の網膜には、はっきりと焼き付いていた。
「ええ、見えました。こめかみのあたりがぼんやりと光って」
「そうか。なるほどのう。うむうむ……。では、これで最後じゃ……わらわを魔心眼で見てみよ。遠慮はいらぬ」
戸惑う竜伸を促し比売神さまは、正面から彼を見つめた。
神妙な顔をしてちょこんとイスに座る姿がかわいらしい。
だが、その小さな体を見つめて竜伸は、ふとある事に気が着いた。
白い光がうっすらとその小さな体を縁取っている。
竜伸は、力を込め必死に目を凝らす。
何かが分かりかけているような……何かが語り掛けて来るような奇妙な感じ。
パズルのピースが一つ足りないような不安定感。
それは、とても奇妙な感覚だった。
敢えて言うならば……そう、不思議な違和感とでもいうのだろうか。
何かが違うのに……何が違うのか、何とどう違うのか、それを言葉にできないもどかしさ。
だが、それも次の瞬間――ガラリと変わった。
それは、まさに澄み切った水面に落ちる一滴の滴だった。
一滴の滴がもたらす波紋が水面を広がって行くように心がクリアになって行き、それと同時に、その体を縁取っていた白い光が徐々に体の中心へと集まって行く。
(こ、これは……)
と、その時、竜伸を残して世界はセピア色に染まった。
動く事も出来ずに目を見開く竜伸の視界にフリルとレースに彩られた黒いワンピースが飛び込んで来る。比売神さま……と思った瞬間だった。その黒々とした瞳の女神は竜伸にやさしく口づけした。
かさね合わせた唇の感触と温かみ。
声をあげそうになる竜伸にその無作法を咎めるかのように熱く揺れていた瞳がゆっくりと閉じたのを見て竜伸も目を閉じた。
永遠のように感じた時間は柔らかな唇がそっと離れたその時終わりを告げた。
竜伸が目を開くと心配そうに見つめる皆と、イスの上で心なしか脱力する比売神さまがいた。
「うむ、疑っていた訳ではないのじゃが……やはり力は本物じゃ。竜伸の『魔心眼』がこれほどの魔力を待っているとはのう。危うくわらわも結界を破られる所じゃった。いやはや、わらわにこの事を知らせてくれた穴八幡明神どのが申しておった通りじゃ」
額に浮かんだ汗をかさねに拭いてもらいつつ比売神さまは苦笑しながら首を振る。
「比売神さま、『魔封じ』を使ったんですか?」
「使わざるをえなんだ」
「じゃ、じゃあ、比売神さま、もしかして竜伸さん……と?」
「魔封じにも色々なやり方がある故、そなたの懸念には及ばぬ。しかし……気になるのかかさね?」
顔を赤らめ慌てて首を振るかさね。比売神さまがにんまりと微笑みながら竜伸に視線を向ける。物言いたげに口をとがらせた竜伸に比売神さまはそっとウインクしその形のいい唇の前に人指し指を立ててみせた。
だが、その目は雄弁に語っている。
さっき経験した事、そしてその時改めて感じた奇妙な感覚こそが竜伸の持つ力――『魔心眼』なのだと。
一方で何やらほっとした表情のかさねが話を本筋に戻すべく口を開いた。




