[19]
竜伸が抱いた疑問は、この場にいる全員に共通のものであったようだ。
――どう見ても素人の竜伸がどうやって祟り神を鎮めるのか。
――しかも、次の満月が沈むまでの二日弱という限られた時間で。
あの後「なあに、かさねを助けてもらった礼さ。最後まで付き合うよ」と胸を叩いた女将さんではあったが、思案顔で腕を組んで懸命に何かを考え込んでいるし、やよいは、椅子の上で膝を抱え込んでしまったかさねをみくもと一緒に懸命に慰めている。
そうした中、事の顛末になかば呆然とする竜伸の肩をぽんぽんと藤丸が叩いてくれた。
よっぽどひどい顔をしていたのだろう。
だが、うまい飯を食わせてくれたこの人もこの手の事には竜伸と同様無力であるらしい。それでも、気落ちしないようにと気遣ってくれるそのやさしさがありがたかった。
皿を片づけ調理場へと戻って行く藤丸の背中に心の中で礼を言って、竜伸は、そっと溜息を吐いたのだった。
(溜息を何発吐いたところで、解決する訳でもないんだけど……。でもな……)
そう思った竜伸が、何気なしに皆の方を見たその時だった。
「まるで通夜じゃのう」
舌足らずのかわいらしい声が響いた。
皆が振り向いた声の主は一人の童女。
フリルとリボンで彩られた黒いゴシックロリータファッションに身を包んだその童女は、皆の視線に花が咲いたような満面の笑みを向けた。
「比売神さまぁ! 祭りはいいのぉ?」
かさねの肩を抱いていたやよいがその童女に問いかけた。
かさねも抱えた膝小僧越しにその比売神さまと呼ばれた童女を見つめている。
「わらわの出番は、もっと夜が更けてからじゃ。今は、まあ出番待ちと言った所じゃな」
座っていた椅子からぴょんと飛び下り、比売神さまは、かさねの手を握った。
「事のあらましは聞いた。大丈夫か? けがは?」
心配そうに問いかける童女こと比売神さまにかさねは精一杯の笑みを浮かべて首を振る。
比売神さまは、かわいらしい眉をしかめつつ竜伸の方を向いた。
「そなたが現世の国からの客人じゃな……うむ、災難じゃったのう。わらわが頼んだ使いの途中の出来ごとゆえ、わらわにも責任がある。いや、わらわの責任じゃ。迷惑をかけてあいすまぬ。この通りじゃ」
「いえ、そんな……あれは不可抗力というか、俺が好きこのんで首を突っ込んだからみたいなもんで、別に迷惑はかかってないですよ。本当です」
竜伸の顔を神妙な面持ちで見つめていた比売神さまは、にぱっと微笑んだ。
「ふふふ、この状況でたいしたものじゃのう。まあ、かさねを気遣うてというのもあるのじゃろうがのう……」
あわわ……と慌てて取り繕うとした竜伸であったが、藪を突いて蛇を出しては適わない。肩をすくめてみせるにとどめた。
で、当のかさねはと言うと、膝を抱えた体を前後にゆすりながら恥ずかしそうにそっぽを向いている。
目はまだ赤いが、顔にはだいぶ精気が戻っており、何よりその表情がさっきよりも随分と明るい。
様子の変化に気付いたらしいやよいが何ごとか耳元で囁くとかさねの顔が真っ赤になった。
そんなかさねの様子に満足げな表情を浮かべうんうんと頷くと、比売神さまは、改めて竜伸の方へ向き直った。
「まだ紹介しておらなんだの。わらわの名は小宮浜比売神。皆はわらわを比売神さまと呼んでおる。で、そなたは……竜伸……で、よかったかの?」
「はい、よろしくお願いします、比売神さま……って……」
あれ?
「比売神……さま?」
「なんじゃ? あまり男に名を呼ばれると、さすがのわらわも照れるぞ」
「いえ、その……比売……神さまって言いましたよね?」
「言うたのう」
比売神さまは、得意げに小さな胸を張った。
その時、竜伸の胸の中でわだかまっていた何かがストンと落ちて、絡まり合った線が一本に繋がった。
つまり……この女の子は……




